『左近』

何らかの型でその名が伝わり、「史上の人物」という位置付けが出来た時点で、当該の人物は「知られている人物」ということになるのかもしれない。しかし、であるからと言って当該人物の歩んだ道程等に関して、然程詳しいことを誰でも知っているという程でもない…

その「誰でも知っているという程でもない…」という辺りに、“時代モノ”の創作が「想像の翼」を羽ばたかせる余地が大いに在る。

今般、6月の稚内で出くわしたのは、「2017年5月22日」に“第1版第1刷”が送り出されたばかりという新しい文庫本だった…

↓こちらが上巻…

左近(上) (PHP文芸文庫)




↓こちらが下巻…

左近(下) (PHP文芸文庫)




何やら都合でパタパタとしている合間に、ドンドンと読み進めてしまい、読了に至った作品だが、痛快で愉しい作品だった。ただ…多くの秀作で知られる作者の「遺作」で“未完”なのは寂しいのだが…

本作は題名の『左近』が示すように、寧ろ“左近”の名で知られる島清興の一代記である…(以下、“島左近”とするが…)

“島左近”と言えば、かの石田三成に仕えた重臣で、“軍事顧問”とでも言うのか、能吏として知られた他方で軍事行動自体、戦闘そのものの指揮を得意としていなかった石田三成を補佐していたと伝えられる人物だ。島左近は大和で活躍して武名を馳せ、家臣団を形成する立場となった石田三成が周囲に「非常識?」と思われたような高禄で召し抱えたという挿話が伝わっている…

そういう島左近なのだが、武名を馳せたという活躍がどのようなものだったのか、石田三成に召し抱えられるに至るまでの経過がどのようなものだったのか、そういう辺りは「誰でも知っているという程でもない…」という物語だ。本作は“未完”となってはしまっているが、そういう「誰でも知っているという程でもない…」という物語が活き活きと展開し、とにかく愉しい。また個人的には、“大和国”に相当する奈良県内の何となく興味が在った場所を巡ってみた近年の経過が在るのだが、見覚え、聞き覚えが在るような地名等が作中に多々登場し、「あの地域に左近が軍勢を率いて展開…」と色々と想像が膨らみながら、作品に夢中になったという側面も在る…

島左近の家は、大和の有力な家であった筒井家の傘下に在った。筒井家は大小様々、新旧様々な勢力が在った大和で、概ね大和を統一するような発展を見せたが、当主の交代で少し力が衰えていた。そういう中、大和征服の野心を持つ松永久秀(弾正)が登場し、筒井家を軸とする勢力との争いが展開される…

島左近はこの「大和を侵略する松永弾正と、地元の筒井家系の勢力との争い」に身を投じることとなる。主君である筒井順慶を飽くまでも支えて、島左近は勇戦を繰り返す…

やがて織田信長の台頭、本能寺の変、豊臣政権と時代が移り、朝鮮出兵の混乱の中で豊臣秀吉が世を去り、徳川家康やそれを支持する勢力と、石田三成やそれを支持する勢力とが対立するようになって行く。

細かい展開や挿話に関しては、未読の方が多そうな作品―単行本の方も2015年10月登場で、作者が急逝した少し後の時期である。本作は「マダマダ新しい」作品だ…―なので、これ以上はここで詳述しない。

本作に登場する島左近は、自らを“喧嘩師”と考えているような、武芸の腕を振るって自身が戦士として闘うと同時に、率いる軍勢を奮い立たせて勇戦する指揮官という両面を備えた「戦場に在って価値を発揮する武士」である。そして義侠心に富み、“利”を追うばかりとなることを断じて潔しとしない人物だ。人の生き様には“利”とは違う、「追い求めるべきモノ」が在る筈なのだという想いが深く刻まれていて、その想いを体現しようとしているのだ…

本作はこんな魅力的な島左近が、様々な人物達と交わり、対立しながら展開するが、交わったり対立する多くの作中人物達もそれぞれに面白く、読み応えが在る作品になっている。

本作が凄く痛快なのは、「“利”を追うばかりとなることを断じて潔しとしない」とする剛勇な武士が「自身の道」を追い求めて戦い続ける様である。何か、色々な意味で「“利”を追う」ことが“正義”であるかのような空気感さえ漂わないでもないような気がする昨今、“利”以外の、自身の中での「善いか?善くないか?」を考えて、その考えに従おうとするような様が、酷く眩しいモノに視えた…

何やら都合でパタパタとしている合間に読み進めた作品だったが、非常に愉しい作品と向き合うことが叶って善かった!

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