↓志摩(現在の三重県の南側)を本拠地とした九鬼水軍を題材とした物語だ…
(上巻)
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(下巻)
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↑これは或いは、“水軍”というモノが大きな存在感を持ちえた時期と、その存在感が矮小化されてしまった時期との双方を生きることになった、“水軍”に大きな夢を見た人物の物語という側面が在るのかもしれない。興味深く読了した…
「志摩を本拠地とした九鬼水軍」と言えば、最もよく知られるのは、現在の大阪城の辺りに在ったという石山本願寺が織田信長陣営との永い抗争を続けていた中、瀬戸内海からの補給路を断つべく、毛利陣営の水軍と戦い、彼らを破って補給路を断ち切ることに成功した戦いであろう…
この石山本願寺へ海上から補給を行う経路を巡る戦いは、大きく2回に亘って行われている。1回目の戦いは、毛利陣営が勝利している。その戦いを主な舞台にするのが、本作の少し前に愉しく読了した『村上海賊の娘』である。2回目の戦いでは、1回目の戦いで大型の軍船が焼き討ちを受けて大損害を被ったことから、九鬼水軍は攻め難い更に大きな船を用意し、鉄板による“装甲”まで施し、敵陣営の船や将兵を攻撃する大小様々な多量の銃砲を積み込んだ船で河口から沿岸に「浮かぶ要塞」のような布陣をして戦ったと伝えられる。そしてその「浮かぶ要塞」で歴戦の村上水軍を軸とする毛利陣営の水軍戦力を粉砕してしまったという…
読む前には本作について、或いはこの2回目の戦いを巡る物語とも思ったが…そうではなかった…2回目の戦いが既に終わり、織田信長が天下統一まで「もう一息」となっていたような頃から物語は始まる。そして主人公は、この2回目の戦いで九鬼水軍を率いた九鬼嘉隆ではなく、息子の九鬼守隆が主人公なのだ。
九鬼守隆…水軍の将の家で後継者として育ったということも手伝い、海の事や天文の事に高い関心を寄せる少年だった…織田陣営に参画する武将の後継者として信長に面会する機会を得た守隆は、信長の「真の興味」、「真の狙い」に触れることとなる…この辺りは、この作者がこの時代を扱う各作品で長く“テーマ”のように綴っている事項に通じる…
やがて豊臣政権の時代…この時代になると、関東の北条家との抗争に関連して太平洋の黒潮に挑む航海をしたり、不思議な行動を取る“風魔”の謎を解いてみたりというようなことが在る。そして、朝鮮出兵に関連する海の戦いに関わることになる。こういう時期を通じ、守隆は徳川家康を知ることになる。
関ケ原合戦を巡る動きの時期、守隆は敬愛していた父の嘉隆と「敵・味方」に分かれるという苦悩を味わうこととなる。そして、この一見はどうなっていくのか?
江戸幕府の体制の中、遠洋航海が関連するような外交事案について、家康が専管的に取り扱った。それが故に、守隆は家康が世を去った後には“想い”を持て余していくこととなってしまう。
本作は…敢えて「一定程度知られる華々しい戦い」というものを描写する機会を設けず、寧ろ「実は…」という“新説”めいた事項も含む話しを明かし、そして膨らむ想いとそれが幻滅してしまう過程を丹念に描き込んでいる…或いは非常に「この作者の作品らしい」印象も受けた…
作者らしいものであろうと、その限りでもないものであろうと、それはどうでも構わないのだが、或いは「エネルギーや意欲を傾注すべきポイントがズレた」結果として展開した歴史という“問題意識”が大変に興味深い。“水軍”というモノが大きな存在感を持ちえた時期が在り、“水軍”の存在感が矮小化されてしまった時期も在ったという訳である…
こうした「或いは一寸ズレた?」を、主要視点人物を介して探り、説くような時代モノ…一寸面白い!!守隆が膨らませた想いと、彼の幻滅というようなものを介して、「この国が辿り得た、別な可能性」に想いを巡らせてみるのも一興なのかもしれない…


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