宮崎神宮(古代船<おきよ丸>他)(2015.10.25)

地元に帰着してみれば「終始肌寒い」状況下に在ることから、出先の「温かかった」感じが殊更に懐かしいような気がする。そうした意味で、「シーズン最初の雪」というニュースが在ったその日に「Tシャツ姿で戸外に…」という状況だった宮崎のことを何となく思い出す…

宮崎に関しては…鹿児島からバスで夜に着き、その晩と翌晩に連泊で滞在するということにした。好天にも恵まれたことから、10月25日の日曜日に、宮崎を起点に何処かを往復するようなことを考えないでもなかったが、結局「近隣でゆっくり…」ということにした。“緩急”の“急”というような雰囲気が続いたので、“緩”という時間が在っても悪くないと思った訳だ。

宮崎駅前から延びる高千穂通が橘通と交差する辺り、滞在した宿―他所の大きなビルの陰で見付け悪かったのだが、なかなかに居心地も好く、朝食バイキングで出ていた「鮎の炊き込み御飯」というのが妙に懐かしくなる…館内のコインランドリーも利用した…―の近隣から、ゆったりと橘通を進んで宮崎神宮に至った…

↓社殿等が在る辺りへ通じる道…街の真中のような場所から然程遠くもないが、何か「鎮守の森」という雰囲気が漂う木立が心地好い…
Miyazaki Jingu Shrine area on OCT 25, 2015 (5)
↑温暖な気候の故なのか、宮崎では「立派に育った木々」を視て感心する場面が多かった…

↓社殿が近付くと、何やら池が在った…
Miyazaki Jingu Shrine area on OCT 25, 2015 (1)

↓池に木々や隙間の空が映り込むのだが、何か「水の底にまで鎮守の森が拡がっている」ような、少し神秘的な感じがした。
Miyazaki Jingu Shrine area on OCT 25, 2015 (2)

↓少し不思議な船が飾られていた…
Miyazaki Jingu Shrine area on OCT 25, 2015 (6)
↑これが名付けて<おきよ丸>…古墳から出土した船型の埴輪等を参考にして想像復元した「古代船」である…

<おきよ丸>は全長12m、全幅2.2mの船で、これは「神武天皇の東征」という神話に因むモノである。日向を治めていたイハレヒコ(後の神武天皇)は、船団を仕立てて美々津から東征に船出をしたと伝えられる。出航の日、夜明け前に「起きよ!」と近隣に触れ回って、東征に参加する人々を集めて回ったということも伝わっていて、それに因んで船を<おきよ丸>としたそうだ。

神武天皇の神話に纏わるモノが飾られている宮崎神宮は、神武天皇を祀っている神社である。古くから「神武天皇宮」、「神武天皇御廟」と称されていたものが、1873(明治6)年から「宮崎神社」を名乗るようになり、1913(大正2)年からは「宮崎神宮」となって今日に至っているのだという。

↓天皇関連の神社に見受けられる御紋が門扉に飾られている…
Miyazaki Jingu Shrine on OCT 25, 2015 (2)

↓好天の休日で、七五三や結婚式という地元の皆さんが多く見受けられる感じだった…
Miyazaki Jingu Shrine on OCT 25, 2015 (1)

↓結婚式が何組か行われている関係か、拝殿に巫女さんが居た…
Miyazaki Jingu Shrine on OCT 25, 2015 (4)

宮崎神宮は地元では「神武さま」として親しまれているのだそうだ。日向国から日本の天皇になった「神武さま」…色々と御利益が在るのか?そんなことも思ったのだが、そういうこと以上に、遥かな昔からの「国を興した英雄」への人々の想いやエネルギーが渦巻いているような「場の雰囲気」に強い印象を得た。更に…近くの広場で青少年の剣道大会が賑々しく催されていて、元気な声が反響していた中、宮崎県立総合博物館に向かったのだった。

↓10月25日撮影の画を集めたアルバムは下記…
>>Photomatrix - OCT 25, 2015

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