また“明月ブランド”でも好いのだが…何となく「一寸御無沙汰の“会津の酒”というモノが…」と思い立った…
実は「日本酒を醸造している場所」を初めて見学したのは、会津若松市内でのことで、以来「日本酒!好い…」という感覚も抱くようになった。それ以前は“酒”と言えば、ウォッカ、ブランデー、ウィスキー、ジン、テキーラ、各種カクテルだったのだが…更に数年を経て、今度は「藷焼酎を蒸留している場所」を枕崎市内で見学する機会を得て、日本酒への関心から「併せて…」と嗜み始めた本格焼酎にも傾倒するようにもなった…
“会津の酒”…松平家の治世下に在った江戸時代辺りからの伝統が受継がれていて、南東北屈指の米作りが盛んな県で育まれた酒造好適米も駆使され、山間の佳い水が使われている…剛直なイメージの会津の武士達も嗜んだかもしれない酒の伝統を受継ぐ逸品…そういうイメージの“会津の酒”には、勝手に愛着を抱いている…
↓そういう訳で視付けた“会津の酒”がこれだ!!
↑上記サイト―酒造会社によるショップ―では「熟成した芳醇な酒粕を原料とし、300年を超える歴史ある蒸篭取りで蒸留した粕取焼酎」と謳われている。これは日本酒ではなく、焼酎である…
日本酒も、本格焼酎も各々に好いのだが…このところは本格焼酎を頂く比率がやや高い…本格焼酎の25度を、ストレート、お湯割り、ロック等で頂く機会がやや増えている昨今だ…そういう中なので、日本酒を醸造する際に出来る酒粕を材料とする25度の焼酎というモノが、何やら非常に魅力的に見えた…この種のモノは、「日本酒の旨さ」と「焼酎の強さ」を併せ持っていて、何か非常に私の好みに合うモノが多い…
酒粕には、些かのアルコール分が含まれているという。その酒粕を蒸留して、中のアルコールを抽出する…恐らく、相当に大量の酒粕を蒸留しなければ、充分な量のアルコールは得られないであろうが…そうやって出来上がるのが“粕取焼酎”だ…対して…酒粕に更に麹を加えて、米焼酎の醪に似た一味違うモノを造り、それを蒸留する“酒粕焼酎”というモノも在るのだそうだ…或いはこの“粕取焼酎”と“酒粕焼酎”とだが、「材料に酒粕を使用」という意味で、区別をせずに“酒粕焼酎”で総称してしまっている場合も在るのかもしれない…
今回入手したのは“粕取焼酎”である。明確にそのように謳っている…“花春ブランド”の日本酒を造る際に出来る酒粕を、蒸し料理に使う蒸篭(せいろ)のような感じの伝統的な道具―「300年」と称している…現在の会社の“御先祖”ということになる酒蔵の時代から受継がれるノウハウということになるであろう…―で蒸留し、より度数が高めなアルコールを抽出している訳だ…
昔は「日本酒醸造を手掛けている蔵」では、半ば“セット”のように“粕取焼酎”も蒸留していたらしいが…最近ではその限りでもなかったり、やっていても極限定的な蒸留に留まっている場合が多いと見受けられる。「当社の清酒粕で造る“粕取焼酎”」と大々的に通販までやっている事例…時々は視掛けるのだが、存外に少ないように思う…寧ろ“酒粕焼酎”としているモノの方が、視る機会が多いような気がするが…
とにかく、この“会津の酒”の酒粕から蒸留する“粕取焼酎”に大変な興味を覚えたので取り寄せた…
会津若松から稚内まで…荷物は「中1日」で到着した…嘗て会津の武士達が宗谷までやって来た時代の旅は2ヶ月近くを擁したらしいことを思うと、速さに驚く…こういうのは比較対象が適切でもないかもしれないが…とにかく素早く到着である…
早速試飲する…一合入る、殆ど茶碗のような“利き猪口”を持ち出し、そこにこの“粕取焼酎”を注ぐ…見た目は清酒と見分けが付かない感じの代物だ…透き通っている…
殆ど茶碗のような“利き猪口”を傾ける…「うわっ!酒粕…」という感じ…材料の酒粕の香が拡がる感じがする。何か、米焼酎と清酒との中間のような、或いは「他の何物でもない」ような味だ…
とりあえずストレートで試飲してみたが…何か…「癖になる」ような気がする味だ…この商品は「一升瓶入り」のみなので、一升瓶で仕入れた訳だが…何か「何時の間にか呑んでしまいそう」な気がする…
ところで“花春ブランド”の花春酒造…正しく「会津の老舗」である。
その創業は享保3(1718)年、徳川幕府八代将軍吉宗―かなり永く続いた時代劇シリーズ『暴れん坊将軍』のモデルになった将軍だ…―の時代に遡るという。正しく「約300年の伝統」だ!!
花春酒造の創業家では、江戸時代には屋号を「井筒屋」、酒銘を「天正宗」としていたそうだ。会津は松平正容(まさかた)の治世下であったが、18世紀の会津では今日まで続く伝統産業が芽吹いていた。酒造業もそうしたものの一つである。無理に関連付ける意図は無いが…会津の武士達が宗谷に大挙してやって来た“北方警固”を推進した、19世紀末頃の松平家の国家老―江戸と領地を往来する主君に代わって、領地の治世を取仕切る重臣…―だった田中玄宰は、この酒造業を含む各種の産業振興に心を砕いたそうだ。そういう意味で…“会津の酒”は珍重してみたい気分になる…
18世紀に興って次第に盛んになった会津の酒造業は、19世紀には江戸に酒を出荷する等、なかなかに発展していたのだが…戊辰戦争で城下が大きな被害を受けたことから、苦しい時代に入ってしまう。井筒屋も酒蔵等の城下で使用していた施設を損なうという苦難に直面していた…そんな時代…当時の井筒屋関係者は酒造りの再開に努力する…
そんな苦しい時期に酒が出来た時、「人々の心に花のように明るく春のように和やかな気持ちを取り戻す」ことを願い、漢詩「花開酒国春」より「花春」と酒銘を改めたのだそうだ。この「花春」が今日まで続いている銘ということになる。1953年に現在の株式会社組織にした際、社名も<花春酒造>ということにした訳だ…
永い伝統を受継ぐ、会津の老舗による“粕取焼酎”…一寸面白いモノに出くわした感である…
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