前々日、前日と“始発”やそれに近い時間帯の列車に乗るということから1日の活動を始めていて、「多少ゆったり…」と考えていた朝だった…
前日に鹿児島へ到着した際、桜島は山頂部が雲で見え難い状態であった他方、「冠雪?」と思わせる様子も覗いていた。それが気になっていたので、何となく城山へ出掛けてみた…
↓そこで「12月としてはやや珍しい…」という、桜島が冠雪していた様を視た…
>>鹿児島:城山から冠雪した桜島を望む(2014.12.18)
これに心動かされ、この日は鹿児島で「桜島の眺望を愛でる」ということに半ば終始してしまうことになった…
城山の後…向かった先は“仙巌園”(せんがんえん)であった…
仙巌園というのは、歴代の島津侯が別邸として用いていた場所である。“磯庭園”とも呼ばれているようだが、浜辺に在って、眼前の錦江湾を池に、桜島を築山に見立てた、大胆な借景をした美しい庭園が在り、これが素晴らしい!初めて鹿児島に寄った2011年にここを訪れていたが、なかなか「記憶に残る」場所である。
1658(万治元)年に島津光久が造園したのが仙巌園の起こりで、以降の歴代の島津侯が手を入れている。幕末期には、かの島津斉彬侯がこの辺りで“集成館”と称して製鉄所、ガラス工場、紡績工場等を起こしたことも知られている。因みにこの“集成館”と称して建てられた建物の1棟が残っていて、島津家所蔵の史料等を展示している資料館(「尚古集成館」)になっている。今般はそちらも後から見学したが…
仙巌園に関しては、1888(明治21)年から島津公爵家が邸宅として用いていたが、島津忠義公爵が他界した後、公爵一家は東京に移住して住民は居なくなった。1949(昭和24)年に華族制度が廃止され、仙巌園は鹿児島市で管理していた。1957(昭和32)年に島津家に返還され、現在は島津興業が管理している。
↓仙巌園の入口では、別途紹介したが、厳しい甲冑が来場者を迎えてくれる…
>>鹿児島・仙巌園:島津義弘公着用甲冑(複製)(2014.12.18)
↓瓦の一部に家紋を施したモノ―如何にも「大名に縁の…」という感―で葺かれている屋根を備えた立派な門が在る…
↓こちらは錫を瓦状に細工したモノで屋根を葺いている…
「ほんの触り」だけでも、なかなかの勢威を誇った有力大名に関連する邸宅という雰囲気が滲む…
↓歴代の島津侯が滞在した筈の御殿…
↓海側を視れば、直ぐに冠雪した桜島の姿が眼に飛び込む…
↓陸側には小高くなっている箇所が多く、庭園や建築群の向こうに、海と桜島との眺望が開ける…
↓建築群の屋根と、相当に古そうな、大きな松の木の向こうに海と桜島…この場所「らしい」感じがした…
↓桜島の眺望が開けない箇所も、なかなかに趣深い…
↓12月の半ばを過ぎて、こんなに綺麗な紅葉が見られる場所も…
↓銀杏の落葉も好かった…
↓“望遠”で桜島の冠雪している部分に迫ってみた…
とにかくも、この日はこんな仙巌園で美しい眺望を愉しみ、大満足だった!!
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