“時代モノ”では…「影武者」なるものにライトが当てられる場合が在る。大物武将に何らかの危機が迫った場合、その身代わりになるというのが「影武者」とされている…そんなものが“実際”にはどうだったのかは、多分知る由も無いのだろうが、その「影武者」が何らかの事由で「本物」と入替わってしまったという物語…幾つか例が思い浮かぶ…
↓本作はそうした「影武者」なるものの物語と言うことも出来るのかもしれないが、「一味違う」ものが在る…

宮本昌孝/家康死す 上 講談社文庫

宮本昌孝/家康死す 下 講談社文庫
↑なかなかに興味深い作品で、上下巻を一気に読了した…
「徳川家康」に関しては、「或る時点で、風貌が酷使した別人に入替わっていた」という説が、少し古くから在るらしい。そうした古い説に着想を得たらしいと言われる、「影武者」が出て来る作品にも思い当たる…本作も「実は入替わっていた」という着想の作品である…が、本作は「かなり大胆な推理モノ」というような要素も濃く、そこが少し個性的と言えるであろう…
物語の冒頭では、少人数で騎乗して移動中の、徳川家康主従が登場する。26歳の家康は、異母兄弟が病気と聞き及び、手近な家臣を連れただけで見舞いに出掛けた。三河一円を勢力下に置くことに成功し、“三河守”の受領名と官位も得て、「名実共に三河の大名」として雄飛しようとしていた時期に相当する。
その家康主従は銃声を聞く…銃弾は家康の命を奪ってしまった…そして本人を知る人が、誰しも本人と思ってしまう程に、家康に酷似した人物が現れる。その人物は…「家康その人」として徳川家に迎えられる…
誰しも本人と思ってしまう程に、家康に酷似した人物は、一体何者なのか?その背後に在るモノは?そして、その男の存念は?そうしたことに向き合う、本作の主役は、家康の祖母の縁者ということで家康の少年時代から仕え、現在も重用されている新参の重臣である世良田次郎三郎である…
家康が「狙撃されて命を落とした」という事態に、混乱を回避しようと世良田次郎三郎らは「酷似した人物」を「家康その人」として迎える策を打つ…それがどうなって行くのか?世良田次郎三郎はどうして行くのか?それが本作の肝である…
読後に思ったのは、「護らなければならないモノとは?」というようなことだ…よく「結果が佳ければ」とも言うが、何か本作を読み進めると「そういうものなのだろうか?」という想いが沸き起こる…その場で白黒が明確になって、「白だから佳い」で済ませてしまうことが可能なモノも世の中には多いのだろうが、「そういうものでもない」というモノも多分同じ位多いのではないだろうか?
誰でもその名前位は知っているような大物武将が、実は半世紀近い期間に亘って“別人”と入替わっていたという大胆な設定…なかなかに興味深い…
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