日本酒の銘柄で「○○正宗」というようなモノが見受けられる。“正宗”(まさむね)?何か、時代劇の劇中人物の名、武士の名のような語感が在る…或いは、一部の地方で見受けられる姓のようでも在る…学生の頃のアルバイト先で「○宗さん」という方が居たような記憶も在るので、そんなことを思ったのだが…
実はこれ…天保年間というから、1840年前後になるであろうが、灘の酒蔵で自分の所から送り出した銘酒に与えた愛称だったらしい。僧侶と懇意にしていた当主が、経文の文字を視て思い付いたらしいが…“正宗”は「せいしゅう」と読ませたそうだ。「清酒(せいしゅ)」に引掛けた訳である…やがてこの“正宗”の名を銘酒に付けることが流行り、読み方も「せいしゅう」から「まさむね」になって行ったようだ…
↓その「初めての“正宗”」を謳う蔵の製品である!!
櫻正宗 正宗 吟醸原酒 720ml
↑約400年に及ぶ伝統を誇る櫻正宗の吟醸原酒を入手してみた…
平成の時代になって“櫻正宗”という商標と社名を一緒にしたが、本来は“山邑”(やまむら)と号した酒蔵―現在も社の代表は山邑さんで、「11代当主」となっている…―で、起こりは1620年代だという。過日読了した小説に出て来た「島原の乱」に関る動きが1630年代であったことを思い出したが…1620年代と言えば、そんな時期の更に以前で、「大坂の陣」が人々の記憶の端に残っているような時代かもしれない…蔵が起こった場所は、場所は現在の伊丹市に相当するようだ…
1717年…享保年間だから『暴れん坊将軍』の徳川吉宗の時代を“櫻正宗”では正式な操業と位置付けている。社名を変更する前の“山邑酒造”へと連なる組織、「灘の酒蔵」が成立したということであろう…
1840年頃に6代目当主が“正宗”という銘柄を使い始めたというが、1884(明治17)年には“櫻正宗”を「商標条例」による商標として登録している。この辺りの事情は、今般入手の酒のラベルにも解説が在るが、“正宗”を商標と使用としたところ、当局から「一般名詞?!」とされてしまったらしい。(現在でも、“商標登録”を巡って、「一般名詞?!」と揉める場合が在ると聞くが、明治時代からそうした例が存在したことに驚く…)そこで「日本を代表する花」の桜を持ち出して、“櫻正宗”を「灘の山邑の酒」の商標としたというのだ…
現在の“櫻正宗”社の直接の前身ということになる「山邑酒造株式会社」という体裁にしたのは1919(大正8)年だそうだ…1919(大正8)年…稚内では未だ鉄道が開通していない頃である…
という具合に、会社の経過を考えるのに、歴史の教科書に出て来るような用語が連発する、何か途轍もない伝統を誇る蔵から送り出された製品…非常に期待が高まる…
「灘の銘酒」というようなもの…「山邑酒造株式会社」が登場した大正時代辺りまでは、北海道ではとんでもなく高価なモノだったようだ…輸送の手間や経費が大変に嵩んだからだ…確か、増毛町の“国稀”が創業したのは、各地から北海道に届く銘酒が非常に高価だったので、「もう少し手軽に楽しめる酒を造ってみよう…」という切っ掛けであったと聞く…そんな歴史をふと想い起こしたが…2014年の今日では、ネット通販で気軽に申し込み、灘の在る神戸から送り出されて、“中一日”で北海道の北端部に辿り着いてしまうのだ!!
灘からやって来た、途轍もない伝統を受継ぐ銘酒…流石に“吟醸原酒”である。スッキリとした、現代の好みを繁栄した「吟醸らしい」味わいで在りながら、原酒らしい「強さ」が心地好い。「スッキリ」の故に「強さ」が「程好い感じ」に思えてしまう…日本酒度4というのは、最近の“主流”という感じのスペックだ…
酒造という文化が歩んだ長い歴史に思いを巡らせながら頂く、存外に現代的でスッキリした銘酒…これは佳いモノに出逢った!!恒例の用事足しをして、中途半端に遅くなって空きっ腹であるにも拘らず…ついつい量が嵩んでしまう銘酒だ…
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