『信玄の軍配者』

“三部作”として登場した作品の“第一部”を愉しく読了した経過が在ると…“第二部”が待ち遠しいのが道理というものだが…

↓その“三部作”の“第二部”が登場した!!

富樫倫太郎/信玄の軍配者 上 中公文庫


富樫倫太郎/信玄の軍配者 下 中公文庫
↑非常に愉しいので、休日の一日を費やして…否…時間を「費やす」というのではなく、時間を「半ば忘れる」感じであっという間に読了してしまった…

↓愉しく読了した“第一部”はこれである…
>>『早雲の軍配者』
↑“第二部”は独立した作品として愉しいが、この“第一部”から年月を経た「続き」という面も在る作品だ…

“第一部”では、北条早雲に見出された風摩小太郎が主人公で、学問を修めるべく送り出された足利学校で山本勘助、曾我冬之助と出逢う。3人は互いをかけがえの無い友と思うようになる。

好青年の小太郎、天才肌な冬之助、苦労人で訳ありな勘助とそれぞれに好い劇中人物達だが…“第一部”では小太郎が予定どおり北条家中で活躍するようになっていくのに対し、冬之助は北条家と対立する扇谷上杉家中の実家で活躍し、勘助は活躍の場を求めて何処へともなく去って行った…

“第二部”は、“第一部”の終盤で小太郎と再会した後に何処へともなく去って行った勘助が主人公となる…

訳ありな勘助の本来の名は四郎佐である。四郎佐は本作の冒頭で駿河に居る…

四郎佐は、足利学校で学ぼうとする「本当の」山本勘助の従僕であった。足利へ向かう道中、盗賊の襲撃で一行が命を落とした中で四郎佐だけが生き残った。四郎佐は“山本勘助”を名乗り、学問を修めて名を成すことを思った。しかし…足利でそれが露見し、彼は京都で学問を継続した…諸国を巡り、駿河にやって来た時に大原雪斎と会い、今川家に推挙してくれることになったが、今川義元は不採用と言う…他方で、足利学校で「山本勘助」が四郎佐であると発見した者が「捕えて殺す!!」と騒ぎ立てる。しかし雪斎が、自身や義元と建仁寺の“相弟子”ということになる者を殺すことは許さぬ、と言い出した。そこで四郎佐は、駿河で“軟禁状態”的な暮らしを送る羽目になってしまう…

駿河で暮らす四郎佐は無人斎を名乗る人物と出会い、上述のような事情も明かされる。そして無人斎が四郎佐にある計画を打ち明けて参加を持ち掛けることから、物語は大きく動き始める…

そして物語は、四郎佐が武田晴信―かの武田信玄…―と回り逢い、陣営の軍配者“山本勘助”として名を成すまでの展開となる…

不幸な生い立ちで、容貌も醜く、片足が少々不自由という“逆境”を負う男である四郎佐…“逆境”を跳ね返すエネルギーを秘め、生への執着を見せ、色々な人達との出会いを経験し、成功を重ねながらも失敗も悔い、新たな境地を目指す…物語を読んでいると、そんな山本勘助こと四郎佐に惹かれずには居られない…

更に物語の底には、足利学校で回り逢って、互いをかけがえの無い友と思う風摩小太郎、山本勘助、曾我冬之助の3人が「何時か戦場で、互いの陣営を率いた状態で見えよう」という“約束”が果たされる日を願い続けている、というものが流れている。“青い”想いのようなものを大切に、それぞれの道を歩む互いを思いやり、年齢を重ねる男達…そういう趣が非常に好い!!

本を紹介する際、未読の方のお楽しみを妨げないよう、敢えてディーテールは綴らないようにしているのだが…一つだけ挙げたい…駿河を抜け出した四郎佐が、決死の脱出行で瀕死の状態になりながら小田原に流れ着いた。通り掛った人に教えられた「風摩小太郎様のお屋敷」の前で少年を視掛ける。「小太郎…」と少年に声を掛けてしまう。足利学校で出会った、少年のような面差しだった風摩小太郎にそっくりだった。息子だったのである。そして行き倒れてしまった四郎佐は風摩小太郎に助けられる。四郎佐は「最期にお前の顔でも視たかった…」と決死の状態だったことを語る。上巻の後半部に収められたエピソードだが、熱くなった…

“逆境”を負いながらも、生と成功への執着を見せ、それを語る山本勘助こと四郎佐…非常に魅力的だった…何か「力がもらえる」ような雰囲気も在る物語だと想った…

知られている戦国時代の歴史であれば…“第三部”は、かなり有名な合戦が出て来そうな気配だ…非常に愉しみだ!!

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