早朝の鹿児島中央駅から肥薩線経由で北上して夕刻の博多駅に至り、中洲のカプセルホテルに泊まった…その夜は友人と会って愉しいひと時を過ごしたのだが、道順を聴いて中洲から天神まで歩いた。近い…食事を愉しんで別れる際、「あそこが西鉄の乗場」と教えてもらっていたのだが、早朝からそこを目掛けて歩いた…中洲のカプセルホテルを出る際、「とりあえず昨夜の雨は上がっているようですね…」と受付の方と言葉を交わしたのだったが、目指す辺りに辿り着こうかという頃に雨が降り始めた…
如何にも「○○駅でございます」というモノが建っているのでもない。繁華な天神の一画を占める商業ビルに、駅が組み込まれていて、鉄道の高架線の高さの広い場所が在るのである…一見すると「駅は何処ですか?」という感でもある…
↓個人的には馴染みが在るCDショップ―札幌にも支店が在って時々利用している黄色地に赤い文字のロゴが描かれた看板の店…―の看板を目印にしてビルに入ると、西鉄の列車に乗る場所への入口は直ぐに判った…
↑「本当のピーク」ではないと思ったが、大勢の通勤や通学の人達等が忙しそうに行き交う時間帯だった…
<青春18きっぷ>の要領で利用する<旅名人の九州満喫きっぷ>は、使う日の最初の改札でスタンプを押してもらうことになっている。都市部に在ってはすっかり「当然化」している、ICカード乗車券が利用可能な自動改札が並んでいる脇に、駅員さんが詰めている場所が在り、そこで<旅名人の九州満喫きっぷ>を示して「西鉄 福岡」という文字が入ったスタンプを押してもらった。
朝の間に太宰府天満宮を訪ね、九州国立博物館を見学し、それ以降のことは「道すがらに、天候でも眺めながら決めよう」という程度の考えで「西鉄福岡(天神)駅」―西鉄の福岡駅だが、駅名を視掛ける場合、「福岡(天神)」という具合に括弧が付されている例が多かった…どうもそれを「正式呼称」としているらしい…―に入った…
太宰府天満宮を訪ねるには…二日市まで“特急”か“急行”で出て、そこで乗換えると直ぐに着くということだった…駅の中は…私自身の記憶の中では、東京の渋谷の東急東横線の乗場を思い出した。高くなっている所に、行き止まり式の線路が何本か敷かれていて、乗降するホームに人が溢れている様子だ…(渋谷の東横線の乗場は、最近様子が随分と変わったそうで、私が記憶している状況はもう見られないらしいが…)
↓発車案内の表示に従い、乗車すべき列車を見付けた…
↑写真に写った瞬間は、行先表示を換えている途中だったのかもしれない…「特急 大牟田行」という列車だ…この車輛が、「自分が初めて視た西鉄の車輛」ということになる…先走って言えば、この車輛に何度か乗ることにもなった…また“特急”と言っても、「特急券を求める必要が無い」のが非常に善い…
この車輛は8000型と言うらしい…
>>8000形|車両のご紹介|電車情報|西鉄くらしネット ─バス・電車情報やおすすめ情報─
福岡では“よかトピア”と通称された1989年の「アジア太平洋博覧会」を契機に色々と新しいモノが登場しているようだが…この西鉄の新しい車輛も1988年から導入し始めて、1989年に運行開始となったようだ。6輛の固定編成で走る電車だ。
西鉄の特急用車輛は、最初のモノが“1000型”、次のモノが“2000型”でこれは3代目なのだが…1988年が、会社が前身の時代から数えて創業80年だったことから“8000型”としたようだ。因みに…現在、全く別の“3000型”という車輛も在るようだ…
西鉄の前身は「九州電気軌道」(九軌)という会社であったという。1908年に会社が起こり、1911年から列車を運行していた。他方、1902年に「太宰府馬車鉄道」、1910年には福岡市内の「福博電気軌道」が起こり、、1924年には「九州鉄道」(九鉄)(国有化された1887年設立の九州鉄道とは別)が福岡・久留米間で電車の運行を始めるなど、福岡での鉄道の発展が在った。1942年に至り、「九州電気軌道」、「福博電車」、「九州鉄道」、「博多湾鉄道汽船」(湾鉄)、「筑前参宮鉄道」の5社が合併して「西日本鉄道」が発足した。形式的には「九州電気軌道が他4社を吸収合併」ということだった。それを受け、西鉄では九州電気軌道が起こった1908年を創業年と位置付け、合併後に社名が決まった9月22日を設立記念日としているのだそうだ…
この日、太宰府までは雨だった…再び二日市に至って、8000型の特急に乗車したが、南下するに連れて晴れてきた…
↓柳川に至って晴天に恵まれた…晴天の中で視ると、この型は映える!!
柳川駅の辺りに観光案内所が在る。柳川の地図を頂き、御世話になったのだが、柳川を離れる前にもう一度寄って、一寸尋ねてみた。「JRへの乗換が最も楽な駅」についてである。結局…西鉄の列車で移動中、乗換えに便利そうに見えた場所が無かったのだが…同じ駅名でも、「西鉄の駅」と「JRの駅」とが離れている例が意外に多い様子だ。この時に向かおうとしていた鳥栖―柳川から久留米に北上するのが善さそうだが、「西鉄の久留米」と「JRの久留米」は「タクシー移動?」程度に遠いらしい…―とは逆方向ながら、大牟田に出て乗換えるのが楽であることがハッキリした…
↓大牟田に到着…列車は直ぐに折り返して運転するようで「福岡(天神)」の行先表示に素早く変わっている…
↑カーブを描いたホームになっている…幾つかの駅を利用したが、カーブを描いたホームが目立つような気がした…長い歩みの中、次第に列車編成が長くなって行って、ホームの延長を長くしてきた経過でも在るのだろうか?
この大牟田では、西鉄とJRと両社の改札口を潜るが、「X番ホームに着いた列車から、Y番ホームに来る列車へ」という感じで楽に乗換えが出来た…
初めて視た西鉄の車輛で、「福岡(天神)→二日市→柳川→大牟田」と何度も乗車した…思い出深いモノになった…
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