その繁華な地区を歩き回っていると…
↓何やら「喧噪の中に超然と静けさを湛える」という風情の場所が…一寸覗き込んでしまった…
↑よく見ると、鳥居に“天満宮”とある…
“天満宮”?所謂「天神様」ではないのか?と妙に気になった…実際、鳥居の辺りで奥の方から通に出て来る学生服姿の若者も視掛けた。「学問の神様」で在る「天神様」だ…年が明ければ各学校の入学試験も忙しく開催されるという時季だけに、学生がここに立寄るのも頷ける話しだ…
偶々出くわしたこの神社…水鏡天満宮(すいきょうてんまんぐう)と言うそうだ…
太宰府へ向かう菅原道真が博多に上陸した際、川の水面に映る自身のやつれた姿を視て悲しんだという故事が在り、それに因んだ「水鏡天神(すいきょうのてんじん)」或いは「容見天神(すがたみのてんじん)」と呼ばれた神社が設けられたのだそうだ。やがて福岡城と城下町が整備されていた時代に至り、現在の“天神”辺りが城の鬼門であったことから、1612年にここに「水鏡天神(すいきょうのてんじん)」或いは「容見天神(すがたみのてんじん)」と呼ばれた神社を移し、以降は「水鏡天満宮(すいきょうてんまんぐう)」と呼ぶようになった。更に、辺りはこの神社に因んで“天神”と呼ばれるようになって行ったのである…
江戸時代、商業地区は専ら博多で、天神辺りは武家屋敷が多い地区だったそうだ。明治期に入って武家屋敷から人が少なくなってしまい、その跡が官公署等に利用されるようになり、昭和に入ってからは百貨店等も登場した。福岡は戦災も大きかった街だが、戦後の復興の中で天神は商業地域化していったのだという…
この日は友人に会うことになって、邂逅地点目掛けて何となく歩き回ったが…そんな中で偶然にも「地名の由来」となったものに出くわしたのは興味深かった…
それにしても…鳥居に刻まれた“皇紀”という字や“廿”という字…非常に深い伝統が在る場所であることを想わせる…
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