『カウントダウン』

実在するモノと実在しないモノを混ぜ合わせて、結局は“虚構”でありながらも、“現実”を巧みに抽象する…小説の中にはそういう、“虚構”で実在していないモノであることが明らかでありながらも、実際の状況を「“現実”以上」に強く伝えているように思える作品が在ると思う。

↓本作は正しくそういう種類のモノだ。実在していないモノであることが明らかでありながらも、実際の状況を「“現実”以上」に強く伝えているように思える…

佐々木譲/カウントダウン 新潮文庫
↑稚内・旭川間の列車移動の時間を挟むなどして、半ば一気に読了してしまった…痛快な作品である…

本作の舞台は「幌岡市」という北海道の小さな街である。“幌岡”という地名…如何にも北海道内の何処かに在りそうな語感なのだが…実在していない街である…

実在していない「幌岡市」では在るが、その場所は実在する「夕張市の隣」と設定され、夕張市同様に炭鉱で栄えた経過が在って、炭鉱の閉山後に観光開発やイベント開催に盛んに投資し、他方で人口の減少は歯止めが掛からず…という「双子の街」とされている。

物語はこの幌岡市に在る司法書士事務所から始まる。ある日の夕方、事務所を営む、最年少の市議会議員でもある森下直樹を、或る男が訪ねて来る。事前に電話連絡が在って、「事務員が居ない時間帯に話したい」という希望だったので、午後5時30分以降と言えば、男は5時35分に現れたのである。

現れた男は「市長選挙に出ろ」といきなり言い出す。直樹は驚く。男が何者かも判らない中で、いきなり言われたのである。男は“選挙コンサルタント”をやっていると言う。

現職の大田原市長は目下5期目で、20年間も街に君臨している。6期目に出ると言われていて、対立候補が出るという話しは無い。最年少市議の直樹は、初めて当選して現在1期目であり、市長選への出馬が噂されている訳ではない。

折しも「双子の街」と言われる夕張で、630億円の負債を抱えてしまって財政破綻という問題が発生していた。最終的な返済義務を負うことになる負債を18年間で返済するという、「最大限の負担、最小限のサービス」の体制になるという“再建計画”は“安楽死”と酷評もされる内容だ。

幌岡も、夕張のような事態が何時発生してもおかしくはない状態に在る。20年間で“死に体”のような状況に陥る方向に導いてきた現市長に、これ以上続けさせる訳には行かないと説得され、直樹は市長選への出馬を決意する。

こうして、街の未来のために立ち上がろうという森下直樹だが、その“戦い”の行方は如何に…というのが本作の内容で、これ以上は仔細に踏み込まない…

本作を読んで思った。本作が問いたいことは「“夕張”という現象を産んだシステムと、その中の人々」ということのような気がする。

例えば…「都合がいいこと」を言い募っていれば、「現実の方が変わる」とでも思っているかのような行動パターンが在って、そういうものが容認されてしまい、「現実に真っ直ぐ向き合っていない」というのが方々で多く見受けられる…

例えば…“不始末”には一応の“けじめ”というものが必要だ。しかし、“けじめ”をつけるのでもなく、「責任の所在?」とでも言えば、当たり前のことを問うている側を“悪者”であるかのように言う…こういうのが方々で多く見受けられる…

こういうような実に様々なモノが積み重なって「“夕張”という現象を産んだシステム」が構成されている…そしてそれが維持されているのは「その中の人々」の“無自覚”の故なのであろう…本作はそういう「大変に根深いかもしれないこと」を“幌岡”という架空の街の状況に仮託して告発しているかのようだ…

作中に、劇中人物の一人が「日本中が夕張のようになるのかもしれない」等と言う場面が在る。“夕張”は多少特殊であるのかもしれないが、「“夕張”という現象を産んだシステム」というようなものと、それを維持している“無自覚”な「その中の人々」というものは、何処にでも在るのかもしれない…

「“夕張”という現象を産んだシステム」というようなものと、それを維持している“無自覚”な「その中の人々」というものは、何処にでも在るのかもしれないという意味で、広く読まれて然るべく作品だと思うが、殊更に“北海道”では必読かもしれない…そんなことを思った。

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