1853年と言えば、日本史では“黒船”の年として記憶されるが、この年にネヴェリスコイ提督(当時は少佐)の指揮下で今日のコルサコフの地に砦が築かれた。これを街の起こりと考えているのである。
その後、諸般の事情によって砦は活動を休止し、1869年に活動再開の時点で、当時の総督の名に因んでコルサコフという命名が為され、地域の通称となって行った。樺太時代には大泊と呼ばれた当地だが、1946年頃に“ソ連化”した中でコルサコフが街の名前になった…
↓今年、2013年は「1853年から数えて160年」、「建都160年」ということになり、こんなものが登場した…
↑7月に完成したばかりのネヴェリスコイ提督の像である…
実は「7月にコルサコフに寄った」という方の写真を拝見して、この像が写っていたのだが、「こんなモノが在っただろうか?何処か?」と首を傾げてしまった。7月に登場したばかりであれば知らなかった筈だ…私が最後にここに立ち寄ったのは昨年の9月だったのだから…
↓高名な彫刻家の手で創られた原型を使用しているのだという…
↑なかなかに渋い…
コルサコフは、管轄区域内に巨大なLNG工場を擁していて、現在も「建都160年記念」として色々な建設事業が進んでいる…
↓「街の未来を見詰める、建都の功労者」という趣か…
この日は、午前中の雨が上がり、昼頃から天候が好転して蒸し暑い感じになっていたが、青空と白い雲を背景にした銅像が、凄く画になっていた…
因みに今日のコルサコフ辺りだが、古くからアイヌ人達が暮らしていて、“1853年”よりもかなり以前から、日本人も交易拠点を設けていて、1808年に「北方警固」でやって来た会津松平家の武士達も辺りに上陸して活動している…
↓サハリンの画…

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