東郷元帥の像が望む鹿児島(2013.03.22)

「朝陽と桜島を背景にした“西田橋”の眺めがが好いかもしれない…」と“始発”の路面電車で出掛けて目的を達したのだが、周辺地図になっている公園の案内板を眺めていて、何気なく“東郷墓地公園”というものを視付けた…

“東郷”?かの海軍の東郷平八郎元帥のことである…日露戦争で日本の連合艦隊を指揮した司令長官だった…「確か銅像が在った筈…」と『鹿児島県の歴史散歩』で読んでいたネタを思い出し、地図で視た坂道を上がった…

新宿区内に住んでいた学生の頃、横須賀の戦艦<三笠>を何度も観に行ったものだった。卒業後に稚内に住むようになってからも何度か訪れている。近年は御無沙汰だが…

その東郷元帥は鹿児島出身である。薩英戦争も経験した彼は、戊辰戦争の時代には、既に軍艦の要員となっていて、明治期には海軍軍人となり、キャリアを積んでいった。戊辰戦争最後の戦いとなった箱館の戦いに先駆け、<開陽丸>を座礁事故で失った箱館政権側は、政府側が入手した旧幕府が買い入れていた<甲鉄>の奪取を図り宮古で襲撃を仕掛けた。この戦いの時、若き東郷平八郎は<甲鉄>の僚艦だった<春日>に乗艦していたそうだ…

そんな時期から活動していて、「躍進する日本海軍」と共に人生を歩んだ東郷平八郎は、<三笠>に連合艦隊司令長官として座乗して“日本海海戦”を闘っている…“記念艦”となっている横須賀の<三笠>は、東郷以下の将兵の奮戦を伝える博物館の様相なのだが、「後が無い…」という含意で掲げた信号旗の“Z”の挿話等が紹介されていて、訪ねた後には何処となく「“後が無い”位の気持ちで前進しよう!!」等という気分になったものだ…また、最初は横須賀市内在住の同級生に道案内がてら同行願ったが、後には自分が道案内役で色々な人と一緒に出掛けてみたり、自分一人で訪ねてみたりと、<三笠>に関しては何となく想い出が多い…

そういうことを思い出しながら、咲いていた桜を見上げて時々足を止めつつも坂道を上がり、東郷元帥の銅像の辺りに辿り着いた…

↓鹿児島の街や港と桜島とを見渡す高台に、東郷元帥は静かに佇んでいた…
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↑周囲では桜も…朝陽と相俟って、なかなかに好い景観だ!!

↓東郷元帥は、礼装で少し胸を突き出した、何かの式典に参列しているような姿で街や港を見詰めている…
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↑この場所にこの銅像が建ったのは…1957年だそうだ…既に1935年には東郷元帥の墓石が設えられて公園として整備されたそうだが、1957年に他所に在った像を移したのだそうだ…

鹿児島の街や港…西南戦争で被害が発生していて、その後は色々と新しいモノが出来て、やがて東郷元帥自身の他界後になるが、第2次大戦下で空襲被害を受けて、戦後は再建や新たな建設が行われてきて今日に至っている…威儀を正して街や港を見詰める彼は、何を想うのであろうか…

何となく、この東郷元帥の背中側から近付いたのだったが…

↓正面は、海軍軍人だった彼が長い時間を過ごしていた軍艦の内部に据えられているような、細く急峻な階段が設けられている。なかなかに独特で面白い…
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こういうような、土地が輩出した著名人の像が据えられたような場所…好い場所が多いと思う…この東郷元帥の像が据えられている一寸した高台も、間違いなく好い場所だ!!

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