昨日が「“緩急”の緩」だとすれば…今日は「急」だったのかもしれない…暗い早朝から、日が落ちて暗くなるまで、精力的に動き回ることとなった…迂闊に何処かに出ると、大人しく座った状態で居眠りでもしかねない程にエネルギーを使ったと感じている…
昨夜、大分からのバスで到着し、とりあえず“休憩所”で世を明かしたのは「或いは午後に移動でも…」というような考えが頭の隅に在ったからだが、そういう考え方は途中で追い払った…
早朝は眼鏡橋を眺めに出掛けた…未だ明るくならない間の時間帯…あの種の古色蒼然とした構造物には似合う時間帯…“ミニ三脚”(飛行機に乗る場合の保安検査で揉める代物…)を駆使して写真を撮った…
九州には「石造の橋」という“文化”が在ったように見受けられる…方々に有名なモノが在る…鹿児島で、かの島津家が造らせたモノを保存してある例を視たばかりだった…(調所広郷の指導下、長崎で当時の規制で行けば色々と問題も在った交易を行うなどして蓄財した資金を投下した大工事だったらしいが…)長崎のモノは、鹿児島のモノより更に旧く、或いは九州の「石造の橋」という“文化”の起こりかもしれない代物だ…
橋の後はグラバー園である。かのトーマス・ブレイク・グラバーの邸宅や、他の幕末期から明治期の洋風建築を集めた場所だ。
実は…私の誕生日はトーマス・ブレイク・グラバーと同じである。そういうことで勝手に親近感を覚え、スコットランド北東部、アバディーンからバスで1時間程のフレイザーバラを訪ねてみたのも随分以前だ…永く訪ねてみたかったグラバー邸…漸く訪ねることが叶ったのだ!!
そしてシーボルト記念館を訪ねた。かのシーボルトが塾を開いて、医学等の科学知識を学ぼうとする人達を指導したというのは良く知られている。それが在った場所の地名に因んで“鳴滝塾”と言う…現在も辺りは“鳴滝”という住所であった!!シーボルトが活躍していた場所は空き地で、記念碑や胸像が在るばかりだが…史料館が直ぐ近くに開館している。「外国人を顕彰する公立施設」としては、日本初の事例だそうだ…
小説『ふぉん・しいほるとの娘』というものを読み、シーボルトには関心を寄せていたが、史料館の展示は秀逸で、非常に判り易く彼の歩みを見学者に伝えてくれる…
更に“出島”である…“出島”は橋で街と繋がるだけの“島”だったものが明治時代以降に周囲が埋め立てられて“陸続き”になり、とりあえず“史跡”として知られているに過ぎなかった時期が長かったのだが…近年は“史料館”と称して「往年の様子」を伝える施設になっている。驚いた!!数々の時代モノの小説に描かれる“出島”が再現されていたのである!!
この“出島”の様に触れて…「他に行きたい場所…明日!!!」と長崎滞在を延長することにした…
延長の序に…稲佐山に行ってみた…
今日の午前中は曇りだったが、午後は晴れ間が…夕方までその傾向は続いた…“夕景”を愉しむには悪くない…
路面電車―今日は“一日券”が大活躍!!―の停留所からロープウェイ乗場まで…存外距離が在った感だが…歩き始めると意外に苦にならなかった…「500m」等と在れば、酷く遠いように思えたのだが…
昨年一新されたという、文字どおり「硝子張りの箱」のようなゴンドラで山頂に上がった…300m以上の高さになるようだが…かなり風が冷たかった…そして“夕景”を愉しむべく、日没時間の17時17分頃を目掛けて予定どおりに着き、小一時間山頂に居たが…上着のポケットに押し込んだままだったニットのキャップと手袋を思わず引っ張り出した…
という具合に…相変わらず「成り行き任せ」だ…
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