運行日誌(2012.12.16-17)

日曜日から月曜日…瞬く間に過ぎてしまっている感じである…何れも早朝から夕刻まで、精力的に動いていることは共通項だ…日曜日は6時台スタート…月曜日は5時台スタートである…

12月16日の日曜日は鹿児島で一日を過ごした。「日曜日に鹿児島」を思い付いたのは、かの“かごでん”(鹿児島市交通局 観光レトロ電車)に関心が在ったからに他ならないのだが…

日曜日はスッキリと起き出し、早朝から散歩に出掛けた…結果として「一日のキーアイテム」となった“一日券”が暗い早朝から大活躍である…

昨年知った<ドルフィンポート>の辺りは、路面電車で訪ね易い場所で、桜島がよく見える。朝から行ってみれば…高さが1,117m在るという桜島が「おいどんが桜島でごわす…」とでも挨拶してくれるかのように、暁の静かな海に聳えていた…山頂付近は噴煙とも雲とも判断し難いもので隠れていたが…

その桜島を眺めていて、何となく桜島へ渡るフェリーの辺りに行ってしまったのだったが…丁度出航しようとしていた船に、何となく乗ってしまい、海上からの眺望を愉しんだ。僅か15分程度の航海で、着けば直ぐに船は折り返していて、概ね15分間隔で運航されているのだ。

海上で景色を愉しんだのは佳いが、早朝から桜島に何となく渡ってみても…全く計画が立たない…そのまま、直ぐに次のフェリーで鹿児島市街側に引揚げてしまった。そして路面電車でホテルに引揚げた…

ホテルで朝食を頂き、鹿児島中央駅の電停へ…“かごでん”である…(※別途紹介)

“かごでん”のガイドさんのお話しがなかなか愉しかったのだが、その余韻のまま更に“一日券”で利用可能な乗り物で動き続けた…

秀逸だったのは<石橋記念公園>だった。

<石橋記念公園>?実は、昨年初めてその名を聞いた際には「“石橋○○”という偉い人でも居て、何かそういう関係の?」と思ってしまったのだが…それはとんちんかんな話しである。これは貴重な文化遺産である、江戸時代に建設された石造の橋を保存するための場所である。

かの調所広郷―<天保山>という場所に、彼の像が在るというので視て来た…―が活躍した頃…1830年代、1840年代になるようだが…色々な手段で蓄財した資金も投下して、現在の鹿児島市域内に在った5つの橋を石造の立派なモノに改めた。その橋は150年間程度も“現役”だった。「普通の橋」であって、歩行者も自動車も通っていた。

が…1990年代に水害で5つの中の2つが壊れてしまったのだ…結局、江戸時代とは川の諸条件が変わっているため、水害時の水が「考え難い程」な状態になってしまったのであろう…そこで残った橋に関しては、現代の普通の橋梁に換えたのだが、石橋は大切に保存することにしたのだ…

そういう経緯で<石橋記念公園>が登場している。県が管理する公園で、石橋の建設に関して紹介する、入場無料の資料館も在って、これが面白かった。ビデオと模型で、アーチを組み合わせた独特な型の石橋を建設する過程を紹介している。これに関しては、伝えられる江戸時代の工法も参照しながら、公園用地内に再建工事をやっている訳なので、現代の利器を使って作業している部分は在るであろうが、「実証実験済み」の工法紹介なので面白い。

3つの石橋が公園の域内に在るが、最も有名なモノは<西田橋>であった。島津侯自身を含む「家中の人々」が上方や江戸などの他地域へ出る際に通る街道に通じる場所に在ったもので、入口に門―時代劇に出て来る大名や旗本の屋敷に在りそうな感じのモノ―が設けられ、通行が管理されていたそうだ。公園内ではその門も再現されている。

この<西田橋>…背景に桜島が見える位置に在って、これがなかなかに美しい景観なのだが…この日は空模様の関係か「近景に橋が在り、遠景に大きな山…何処かの銭湯の壁??」という按配にも見えた…

夕刻から夜…鹿児島市役所近くの“ライトアップ”を少し眺めて愉しみ、屋台村に立ち寄ったのだった…

こうして過ぎた日曜日だったが…「翌朝は早起き…」の思惑と、動き回ったために「何時までも若くはない!!」と身体が休息を求めたためにゆっくりと休んだ…

↓とりあえず整理した12月16日の画…
wakkanai097 - View my 'Photomatrix - DEC 16, 2012' set on Flickriver

12月17日の月曜日…北上を開始した…

早朝…鹿児島中央駅から“始発”となる宮崎神宮行に乗った。何となく「ローカルな列車」という風の車内でうとうとするなどしていたが…都城辺りから通勤・通学―或いは通学の方が多かったかもしれない…―の客で込み合い始め、車内の様子は変わった…

宮崎駅に着いてみると…当初は、私と一緒に列車に乗っていた人達等で賑やかな感じだったが…何時の間にか、駅の中等は静かな感じになっていた…

宮崎からは日南線で飫肥を往復した。飫肥は小規模な地方の城下町の趣を良く伝えていると言われているのだが…なかなかに面白かった。飫肥に封じられた伊東家は“近世城郭”の様式で飫肥城を整備したというが、大手門から入る城跡の感じに、なかなかに味わいが在った…

飫肥に着くまでに、天候が好くなっていたのだが…陽射しが少し強まり、飫肥では汗をかいてしまったので上着を脱いだ…「温かい」を通り越した感だった…

飫肥では…パソコンを開いてネット接続し、JR九州のサービスを…北海道でも、主要駅間を特急列車で往来する際の往復割引の切符が在る。九州にも似たような感じのモノが在るようだが…JR九州では“ネット予約”をすると、その「“往復割引”を半分にした程度の額」で片道切符も購入出来るというサービスを展開している。<九州ネットきっぷ>というが、これを利用してみたのだ!!

<九州ネットきっぷ>のことを知り、予め“会員登録”は済ませてあった…ということで、南宮崎・大分の列車を押さえた。簡単に出来る…指定駅の窓口で、予約の際の番号を伝え、登録したカードを示すと発券されるようになっているのだ。南宮崎でその手続きを行った…

南宮崎から大分までは<九州ネットきっぷ>を利用して、特急<にちりん>で移動した…流石に…途中に居眠りもしていた…何時の間にか日が落ちて、車窓は真っ暗だった場面が多かったのだが…

どうしたものか、列車はやや遅れた。乗り継ぐ訳でもないので、余り気にならない範囲だが…

降り立った大分駅…新しい!!手近な所で言うなら…旭川駅のような按配だろうか?高架が成って、色々と工事中の箇所も在るようだ…地図に在った「駅前の大友宗麟銅像」というもの…暗かったことも在るが、何処なのか全然判らなかった…南宮崎のドーナツ店で珈琲を啜りながらネットで視付けたホテル…銅像を目印にしていたつもりではあったので、一瞬「困った??」とも思ったが…意外にアッサリ場所が判り、ホテルで休む態勢に入った…

↓今日の移動である…
05:39 鹿児島中央 - 08:10 宮崎
09:09 宮崎 - 10:22 飫肥
13:02 飫肥 - 14:08 南宮崎
16:32 南宮崎 - 19:39 大分 (特急 にちりん22号)

鹿児島中央・大分間…332.2km在るそうだ…南宮崎・飫肥間が39.8km…往復で79.6km…これに南宮崎・宮崎の少しの距離が加わるのだが…概ね380kmの移動である…

鹿児島中央・大分間…稚内・札幌間より近い…県境を2つも越えているのに…

明日はどんな按配になるのか?

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