↓第3巻では、サトウが匿名で発表した『英国策論』という論説に綴られた「考え方の変化」が詳しく説かれている…
遠い崖 アーネスト・サトウ日記抄 3 英国策論
サトウが務める公使館の主はパークスになった。この第3巻ではパークスについても少し踏み込んで紹介されており、それがなかなかに興味深い…
この時代にアジア等で活躍した英国人の中には、10代前半位でアジア等に入り、そのまま長じて色々な仕事をするようになったという人達があったようだ。“力”を駆使した当時の英国外交の“申し子”というような存在だが、パークスもそうした人達の一人だったという。彼は人生の大半をアジアで過している…
そのパークスは将軍の権威が失墜し続ける情勢下、有力な諸大名との交流を模索し始める…時代は「第二次長州征伐」(四境戦争)を巡って何か騒然としている状況となっていた…
サトウが匿名で新聞に発表した『英国策論』はなかなかに大胆だ…“将軍”というものに「英国との条約の当事者能力」が在るのか否か疑問を呈し、有力大名の連合等と条約を締結するような在り方を提言してさえいる。“陛下”という用語で呼ばれた“将軍”が、寧ろ“殿下”ではないかと、日本語を研究していた者としての見解も披瀝されている…
そしてこの巻では、幕府にかなり擦り寄るフランスと、反幕府敵傾向を強める薩摩や長州とも接近する英国とが「張り合う」状況も出て来る…
サトウはと言えば、かなり日本語も上達して部内で昇進もしているが、この時期には各方面の日本人との交流が生じたり、「英国公使館のあの男」という具合に各方面に名前や顔も売れ始めているようである。サトウは、よく在る日本の姓“佐藤”に通じるが、本人は“薩道”などと自称することがあったようだ…
第3巻辺りになると、明治維新の歴史で名前が売れている人達が英国公使館関係者等と接した経過が出て来て、そうした辺りも非常に興味深い…
とりあえず第3巻までを愉しんだが、「手応え」はズッシリ重い…
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