↓かなり面白かったので、「文庫本4冊」という分量が全く気にならなかった…夢中で、何時の間にか読了していた作品である…
武揚伝 1
武揚伝 2
武揚伝 3
武揚伝 4
史上の人物達に関しては「毀誉褒貶」が色々と在り、伝えられている史上の出来事に関しても、関った人達の立場が換われば自ずと「異なる観方」というものが在る。卑近なことで喩えれば、「○○について謝ったじゃないか!」という人が在ったとして、受け止める側は「別段に謝られたとは思っていない…」というようなことが多々在るように思うのだが、「史上の出来事」にもそういうような要素が在るのかもしれない…
史上の人物達をモデルとした劇中人物が活躍し、史上の出来事が劇中の出来事として発生する“時代モノ”というものは、「毀誉褒貶」や「異なる観方」を作者が“併せ呑む”ような按配で、作者なりの作品世界を綴るものであると思う。ある作品の「好感度が高い主役」が、別な作品では「嫌な感じの敵役」として登場するというようなことも多々在るという訳だ…
この『武揚伝』は、かの榎本武揚を主人公に据えている。この人物は“時代モノ”の様々な作品に色々な型で登場する。「毀誉褒貶」の振幅が大きい人物であるように思う…そして、彼が関わった幾つもの出来事に関しては「異なる観方」も多々在る…
本作を著した佐々木譲には、本作の他にも幕末関係の作品が幾つか在る。そうした作品に触れる限り、彼の“観方”というものは、真摯に当時の新技術・新知識を学んで、一部は抜擢された例も在った幕末の幕臣達を非常に高く評価しており、「彼らの中に“潰えてしまった偉大な可能性”」のようなものが「在ったのかもしれない」としているのだと思う。
「幕末の幕臣達の中に“潰えてしまった偉大な可能性”」のようなものが「在ったかもしれない」というような具合に帰結する“大河ロマン”である彼の作品だが、かの“北海道警察シリーズ”にも通じるような、「淡々としているようでいて、克明に情景や劇中人物達の心情が綴られる」という感の典雅な文章で綴られる。“克明”としたが、この『武揚伝』のような作品に在っては、出て来る出来事の「異なる観方」を見事に呑み込み、「あの結果になった側面や背後にこんなことも在ったのかもしれない」と、ある種のドキュメンタリーか何かのように思わせてくれる面さえ在るのだ…
やや「雑過ぎる」かもしれないが、あらすじを…序盤は、“天文方”に務める父の下で科学に関心を寄せる聡明な少年として育った榎本武揚が西洋の学問に触れ、海軍伝習所に学ぶようになっていく辺りが綴られ、やがてオランダ留学を果たす話しや、欧州での見聞という話しになっていく。そしてオランダで建造された<開陽丸>を回航して帰国してみれば、幕府は“瀬戸際”の大変な状況に陥っていた。やがて箱館に拠って戦い、敗れてしまう。物語は、この箱館の戦いの辺りで実質的に終わる…
というような、ある程度知られた榎本武揚の前半生の伝記をなぞったあらすじなのだが、幾つも印象が強い場面が在る…ある程度史実を踏まえた物語で、“ネタばれ”という危惧は少ないのでそれらを挙げたい…
かの江川英龍の塾で学ぶようになった榎本武揚は、後に箱館奉行を務める堀織部正の従者として蝦夷地や樺太を視察する機会を得ている。ここに、サハリンのコルサコフが出て来る…この部分は少し前のめりになってしまった…
欧州から戻り、幕府海軍の幹部として戊辰戦争に関る榎本武揚だが、恭順するのか戦うのかで揺れる幕府の様子に関する描写が興味深い…多分、これまでに私が触れたこの時代を扱った作品の中でもっとも仔細に踏み込んだ描写が為されていて、何か「ドキュメント:瓦解する江戸幕府」という感さえ抱く…
榎本武揚は五稜郭に拠って闘った男達のリーダーに推される訳で、戦いの最中に多くの同志達が討死している。そんな場面…涙ぐみそうになる…殊に長崎の海軍伝習所で出逢い、「非常に好い年長の友人」であり、榎本武揚自身が兄や父のようにさえも思っていた中島三郎助が、2人の息子達と共に最期を遂げる場面…壮絶だ…因みに、中島三郎助に関しては『くろふね』という作品が在り、それも素敵である…
当時の幕府海軍の行動だが、後世の目線で見れば「もう少し“やりよう”が在ったのでは?!」という感も抱くのだが…「何故そういう具合になったのか?」という問いに、一つのかなり確りした考証を提示してくれるのも本作の面白さの一つとなっているように思った。
「科学に関心を寄せる聡明な少年」は、父から北斗七星に纏わるエピソードを聴かされる。将軍を象徴する“破軍の星”の脇に在る“開陽”のことである。“夜明け”に通じる“開陽”という名を戴いた船は、北斗七星が輝く北を目指した…榎本武揚が乗っていた<開陽丸>だが、或いは本作の「裏主人公」という感さえ在る…
榎本武揚らが拠った箱館の五稜郭だが、彼らは“奉行所”を“本部”にしていた。その“奉行所”は五稜郭の戦いで酷く傷んで取り壊されてしまったのだが…2年前に竣工時の状態を綿密に考証した上で再建されている。丁度それを視てきた記憶も新しい中で読んだ戦いの場面は、迫ってくるものが在った…
「幕末の幕臣達の中に“潰えてしまった偉大な可能性”」のようなものが「在ったかもしれない」というような具合に帰結する“大河ロマン”である『武揚伝』…初めて単行本が出たのは2001年らしいが、或いは「21世紀の名作」として読み継がれる作品かもしれない。
この記事へのコメント
みいまん
今回の札幌行きに読んでいたのは、笹本稜平作品。彼の作品もスリリングでお勧めですよ。
玄柊
DJ Charlie
東直己作品は、文庫で出ているものを殆ど読んでいますが、佐々木譲作品はそういう勢いで集めてはいません。しかし、「これは好い!!」という輝く作品が在りますよね…
>玄柊さん
『武揚伝』ですが、文庫化の際にかなり加筆訂正が在ったと聞きます。武揚が長崎の伝習所に行く辺りらしいですが…
この『武揚伝』は名作だと思います!!