ロシアに革命めいた事態は在るのか?

多少、記事の字数が嵩んでしまうが、思い立ったので綴っておきたい…

私自身は、所謂“ロシアウォッチャー”の端くれであると思う。ロシアの文物やニュースには何かと関心を寄せている…

何やらロシア発のニュースが少々賑やかになっている。

2008年以来、ロシアは“双頭政治”とも呼ばれる「メドヴェージェフ大統領+プーチン首相」の体制が続き、それなりに安定していたように見えた。が、2人の率いる<統一ロシア>が来年3月の大統領選挙に、憲法で禁止されている“三選”を回避して大統領を退任したプーチン首相を候補者として送り込むことを決め、そして臨んだ去る12月4日の下院議員選挙で“敗北”と受け止められる結果に至ってしまった。何やら「著名人!!」風な、<統一ロシア>以外(野党系)の政治家が多少パフォーマンスめいたことをしているらしい程度で、国会では<統一ロシア>が「圧倒的多数」を占め、「意のまま」に政策を推進出来た状態であったのだが…選挙結果で“過半数”は護ったものの、大幅に議席を減らしてしまったのだという。そして、その結果に関連して「選挙は不正なもの!!」と叫ぶ人達が結集し、何やら騒動になっているようだ…

このところ「強権的な政権を糾弾する動きが広がり、政権が交代する」というような現象が様々な国で見受けられる。近年の「情報ツールの著しい発展」によってそういう動きが“後押し”されている。実はロシアの今般の動きにも、そういうものが大いに関係しているらしい…

>BBC News - Profile: Russian blogger Alexei Navalny(英語)

「政府等による不正を糾弾しなければならない」という論陣を張るアレクセイ・ナヴァルヌィーという人物が居るらしいが…こういう人物の活動のようなものが方々で見受けられ、選挙結果を巡る動きが起こっているらしい…

ここで思い出すのは…1993年秋の動きだ…当時の大統領と、国会議長+副大統領が抜き差しならない対立をし、国会議事堂に戦車砲が打ち込まれるような騒ぎになった…国会議事堂の建物の白い壁の一部が黒焦げになった…あの時期に関して…(実はモスクワに居たのだが)事件直後の報道に“観覧席”という表現が在ったことを思い出す。高層マンションのベランダ等から、国会議事堂辺りでの騒ぎに関して、観劇でもするかのように眺める人達の様子が伝えられていた…結局のところ「実に多くの“醒めた大衆”」が「寧ろ多数派だったのでは?」という話しである。

今回の動きに関しても、落ち着いてみれば「実に多くの“醒めた大衆”」が「寧ろ多数派だったのでは?」というようなことになってしまうかもしれない。1990年代、ロシアは何やら“混迷”という按配であったかもしれないが、近年は寧ろ安定し、人々は「豊かさ」を享受している。実は稚内のような地方の小さな街で「歓迎!!ロシア人旅行者御一行様」というような声を上げている訳だが、これは彼らの「豊かさ」を頼みにしている以外の何物でもない…それ位にロシアは「豊か」になっている面が在るのだ…或いはそうしたものが、「とりあえず与党が過半数を取った」という結果に現れているのかもしれない。勿論、それが即座に、選挙結果を批判している人達が主張するような“不正”が無かった、という意味にはならないかもしれないが…

「実に多くの“醒めた大衆”」だが…他方に「選挙結果を批判している人達」が居るということは、「人々が自分達の社会に向ける眼」というようなものが、「或る程度肥えてきている」証左でもあるのかもしれない…例えば、BBCが取上げているアレクセイ・ナヴァルヌィーという人物…現在35歳らしい…彼の人生に在っては“ソ連後体制”の方が長い…という訳で、或いは「“ソ連後体制”下で価値観を醸成した世代」が台頭していることを認めなければならないのであろう。

何か選挙結果を巡る動きに関しては、「とんでもない事態?」のように思えないこともないが、方々の評者は、事態がとりあえず落ち着いて―或いは、手段を選ばずに落ち着かせるということも在るかもしれない…―みれば「実に多くの“醒めた大衆”」が「寧ろ多数派だったのでは?」というようなことになってしまうかもしれないと観ているようだ…

>BBC News - Russian media see election flaws(英語)

上記リンクで視た方々の評者によるコメントの中、少し強い印象を受けたものが在る。「この選挙の後“間合い”が在ることであろう…そして再度“安定化”する…しかし“永遠に”とはなるまい。“プロセス”が始まったところなのだ」(<ノーヴァヤ・ガゼータ>アレクサンドル・ルプツォフ)(拙訳)というコメントである。

何処の国の国民であれ、常に「未経験の時代」の中を生きていることになるのだと思う。何時の時代であろうと、“前の時代”とは多くが異なっているのだ。現在のロシアのような国に在っては、そうした“未経験”の“度合い”が高いように思う。今般の事態に関して、何時までも混迷してみたり、直ちに政権がどうかなるということはないかもしれない。が、“前の時代”とは「明らかに違うことを学び、考えた世代」が台頭しつつあることが明らかになった。そういう意味で何かの“プロセス”がここから始まっている…ような気がする。

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