『覇商の門』

“時代モノ”の小説、ドラマ、映画には、史上の人物をモデルにした作中人物が活躍するものが多く在る。“史実”がどうであろうと、小説、ドラマ、映画ということになってしまえば、それは飽くまでも“作中人物”であろうし、彼らが活躍する世界そのものも“作品世界”だ…

ということではあっても、“作中人物”として目立つのは、史実で或る程度重きを為したとされる人や、過去の人気作家による人気作品でスポットライトが当った経過の在る人であることが多い…

他方…数多の小説、ドラマ、映画で「一寸した役」でほんの少しだけ出て来てみたり、名前は出て来ても詳しい人物描写が省かれているような人物も非常に多い。が、寧ろそういう人物にこそ光を当てて、史実を掘り返して組み立てる大胆な仮説で“作品世界”を織り上げ、適当に奇抜な演出や“伝奇”的要素も混ぜ、味わいの在るドラマを綴り続けている作家も在る…

そうした、意表を突くような場所に舞台を設ける作家の代表格に、火坂雅志が挙げられると思う。これまでに読了した彼の作品では、数多の小説、ドラマ、映画で「一寸した役」でほんの少しだけ出て来てみたり、名前は出て来ても詳しい人物描写が省かれているような人物達が“主役”になっているものが目立つ…藤堂高虎、金地院崇伝、金座の後藤などがそうだ…『天地人』はドラマの御蔭でかなりメジャーなようにも思うが、あの作品の主役達ということになる直江兼続や上杉景勝も、寧ろ前述の系統の人物達のように思う…強いて言えば、“伊達政宗”は他作家の様々な作品が在るかもしれない…

↓その火坂雅志の、意表を突くような場所に舞台が設定された作品をまた愉しむ機会が在った。

覇商の門 上 戦国立志編


覇商の門 下 天下士商編
↑上下2巻だが、あっという間に読み進めてしまった…と言うよりも、頁を繰る手が止まらなくなってしまった…

本作の主人公は“今井宗久”である…

安土桃山時代、堺は大変に栄えていたが、繁栄を支えた富裕な商人達は文化の担い手でもあった。今井宗久は、津田宗及、千宗易(利休)と並び称された、当時の大物茶人だった…

津田宗及や千利休は「代々の堺の商家の息子」なのだが、今井宗久は「出自が判然としない部分も在る流れ者」である…火坂雅志は、この今井宗久を主人公に据えた!!

今井宗久は「出自が判然としない部分も在る流れ者」である…ということで、本作の宗久は、「堺に流れ着いて茶道を習い、“宗久”という名を貰った際、嘗て住んでいた大和の今井町に因んで“今井”を姓にしてしまった」ということになっている…

若き日の宗久…彦八郎と名乗り、今井町で商い―一寸意表を突く「戦国時代らしい…」感じの商売だ…―を始め、一時は大成功するものの、夜逃げ同然で商売を畳む羽目に陥る…そこから堺に流れ着き、やがて栄達の道を歩むことになる…

彼は“既存の権威”とは縁が薄い立場で、今流に言う“ベンチャービジネス”を大胆に仕掛ける…そして成功する…

“既存の権威”に抗う「心の同志」的な男として、悪名高い―「主君を殺した」、「将軍を殺した」、「戦で東大寺の大仏を焼いてしまった」等、悪い評判が多い…―松永弾正も大きな役を本作では担っていたりする…“松永弾正”も、数多の小説、ドラマ、映画で「一寸した役」でほんの少しだけ出て来てみたり、名前は出て来ても詳しい人物描写が省かれているタイプの「史上の人物をモデルにした作中人物達」の一人のように思うのだが、「飽くまでも利を追う野心家」という本作での描かれ方はなかなかに面白い…宗久も“成り上がり”だが、実は松永弾正も元は商家の生まれで“成り上がり”なのだ…松永弾正は、その壮烈な最期に至るまで、宗久にとって「鏡で視る自分?」というような描かれ方をしている…これが意外に好かった。

宗久は、織田信長と出逢った…信長の“天下盗り”の野望に己の野心を重ね合わせ、「天下一の“商客の徒”」たらんとする…

恩人である武野家との揉め事で“悪名”めいたものを着せられる場面や、“包囲網”で苦戦していた信長を飽くまでも支援して商売が傾く場面も在ったが、彼は飽くまでも野心を貫いた…

本作は、「画にしたら凄そう…」な合戦場面も意外に多い…墨俣の戦い―有名な“一夜城”のお話し…―、長島一向一揆―これはとにかくも凄絶な戦いだったようだ…―、石山合戦―巨大な船で毛利家が動員した水軍を蹴散らす辺りなどが凄い…―というような、御馴染み場面の他、銀山を接収すべく宗久が傭兵を率いて乗り込む場面等も面白い…

野心を燃やし、“既存の権威”に抗う道を駆ける男…その生き様がなかなかに爽快だ!!

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