7月22日は「デスクワークの日」となりそうな気配である…同行の皆さんを港に見送った後、私は更にこちらに残らなければならない…正しく“島流し”な気分になる…
他所の方と会うようなことは「平日のみ」なので、週末はゆっくりさせて頂くことになる…或いは他に選択の余地も無いのかもしれないが…そんなつまらないことも頭を過る…
サハリンでは暑くなると、「かなり大胆…」な“夏の装い”で街を歩く人達が見受けられるとのことなのだが…現在は未だそういうのは然程多く見かける訳でもない…朝夕は「ややクール」という感じがする。同行した方の中にも、最初は半袖ポロシャツを着て外に出てから「??」ということになり、雨避けに用意していた薄い長袖を引っ掛けていた方も在った。
というようなことだが、とりあえず7月19日の上陸以降、天候は好い。戸外を歩くのには悪くない日々である。「クール…」とは言え、日中は20℃程度になって寒くはない…大変結構なことだ…
昨夜は、特段に酒類は頂かなかった…結局、残りが少なくなってしまった25ルーブルの煙草を少々仕入れに出て、“クワス”というロシア独特な飲料とパンを求めるなどし、ホテルでゆったりとしていた…日付が変わる辺りで休み、深く眠った。とりあえず居心地は好い!!
迎えた朝…6時頃の時点で「暗い?」という気もしないではない…が、窓から見える通の反対側に在るビルの窓を見ると、一部が若干輝いている…街の東の山々の頂辺りに、未だ朝陽が上りきっていないのであろう…
今日は…若干早めな“行動開始”ということになる…
朝は同行した皆さんをコルサコフ港まで見送りに出た。各々、土産話のタネを抱えて出国手続を行う場所に去って行ったが…多少の寂しさは禁じ得ないものだ…
ユジノサハリンスクに戻ってからは、夕方まで“一直線”にデスクワークに打ち込むこととなった…手洗いやら一服やら以外は、半ば一心不乱であった…それでも若干の“宿題”は残ってしまっているが…
ということで多少草臥れ、ホテルに戻った…何かホテルが「(臨時ながら)我が家」という居心地になってきた…ホテルの部屋だが…実際の“我が家”よりも余程整然としていて、更に広く、非常に好いのかもしれない…多少、不思議な感覚である…
昨夜、ユジノサハリンスク市内に住んでいる友人と電話連絡を取った…
先方は3月後半に私のオフィスへ電話をくれた…「オフィスへ唐突に電話するのも如何かと思ったのだが、個人的な連絡先が何処かに紛れて…何か日本国内では酷い災害が発生しているということで…とりあえず稚内は電話も普通にこうして通じているし…自分では“稚内辺りはサハリンと似たようなもので、災害の影響は殆ど被っていない”と思っていたが…随分話題になっていて、“とにかく酷いらしい”と言っている人達も居る具合で…何やら発電所の件で大変でもあるようだし…とりあえず稚内に居る友人、知人は無事であるということを、こちらの友人、知人にも伝えることが出来る訳だ…善かった!!」というような話しをしていた…
先方は、言わば“代表取材”のような具合で、手近な友人・知人を代表するような具合で私に連絡をくれて「確かめた」訳である。「噂では“とにかく酷い状態に陥った日本”ということになっているが、例えば稚内のように、現場から距離が在る場所では、大災害に心を痛めてはいるものの“極めて普通”である」ということを電話で確かめてくれた訳だ…
電話を頂いた時には「外国では“日本”は隅々まで大災害と発電所の問題で壊滅状態」という噂が飛び交っているらしいということに一寸した衝撃を受けたが…時間を経ると「電話もこうして通じていて…そこは普通なんだね…」というやり取りが多少可笑しく思えて来た…
そういう経過が在ったので「私は元気に、サハリンへお邪魔した…相変わらずだ…」とサハリン滞在時に時間が在れば連絡を取りたかった…6月は余りにも時間が足りずに連絡はしなかった…他方で、私が利用したホテルのカフェに、電話をくれた友人との共通の友人が偶々居合わせて愕いたということも在った…
今回は時間が取れるので連絡を取り、早速にお会い出来ることになった。懐かしい話しやら何やらで、一寸愉しい時を過した…
未だ真っ暗にならない間にホテルへ“帰宅”したのだが…直ぐに暗くなってしまった…
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