『制裁』

過日『ボックス21』を大変に興味深く読了したが、これの作者であるアンデシュ ルースルンド、ベリエ ヘルストレムのコンビによる作品が他にも出ていることを知り、早速入手してみた。

↓これである…

制裁
↑こちらの方も、ページを繰り始めると止まらなくなってしまった…

実は『ボックス21』は“第2作”であり、この『制裁』が“第1作”となっている。

『ボックス21』では、老警部エーベルト・グレーンスが負ってしまっている哀しみに関する詳しい言及も視られるが、本作ではそういった描写は無い…家庭人で柔和な印象を与える相棒の警部補スヴェン・スンドクヴィストに対し、言葉を荒げてしまうことも多めで、取っ付きが悪く、「定年退職で仕事を不意に離れたら人生がどうなるのか?」という程に仕事に没頭している男として登場している…

物語の舞台は6月のストックホルムである。本作のストックホルムは、高気圧が発達していて晴天が続き、非常に暑い夏の様相を呈している。そんな夏の日に、人々の憎悪が渦巻く様が描かれている…

明け方まで悶々としていて、執筆が巧く運ばない作家フレドリック・ステファンソンは、ついつい朝寝をしてしまうことも多かった。同棲している保育士の女ミカエラの世話で着替えや朝食を済ませた、別れている妻との間に生まれた5歳の娘マリーも、昼まで自宅に居た。

昼に起き出した作家は、たとえ筆が進まなくとも何とか仕事に取組むべく、娘を保育園に連れて行くことにした。娘が保育園で昼食を摂ることが出来るように、車を飛ばして保育園に向かった作家…

保育園の入口周辺に男が居た。中の子ども達の誰かの保護者であろうと思った作家は、とりあえず会釈をした。男も会釈を返した。娘が保育園に入り、仲良しの男の子と遊び始めた様子を見届け、作家は仕事場へ向かおうと外に出た。外には男が未だ居た。また会釈を交わした…

作家は仕事場で、なかなか原稿が進まない状態に在った。そして、音を低くしてあったテレビに眼を向けた。大写しになっている写真…保育園の入口で見掛けた男だった…

作家は眼を瞠って音を上げて情報に耳を傾ける…写真の男は“小児性愛”、“嗜虐”という性向の人物で、幼女に対する強姦殺人を犯している男だった。現在は服役中であったが、病院へ診察に出た際に護送の任務にあたっていた看守を殴り倒して負傷させ、逃走しているところで、目下緊急指名手配中だったのである。

娘を送って行った保育園の入口で見掛けたのは、保育園の子の保護者であろうと思って会釈まで交わしたのは、緊急指名手配中の幼女強姦殺害犯であったことに作家は動揺した…

ということで事件が展開し、やがて作家が思わぬ行動に打って出て、社会に波紋が広がってしまうのである…詳細は是非本作を紐解いてみて頂きたい…

アンデシュ ルースルンド、ベリエ ヘルストレムのコンビによる作品を、とりあえず“シリーズ”と捉える場合、主人公は老警部グレーンスということになるのだろうが、本作の“主人公”は“作家”だと思う…彼の動き、心象の変遷、辿る運命が本作の物語の肝であろう…

この作品では『ボックス21』にも引続き登場する若手検事ラーシュ・オーゲスタムが、何となく“サブ主人公”というような存在感を示していると感じた。

この若手検事は、検察部内での昇格(=出世)への野心を隠そうともしていない面が在る人物だ。惨たらしい事件であろうが、被告に求刑をして、弁護側の主張を跳ね返して求刑に近い量刑が科されて部内で注目されれば、彼としては“チャンス”なのだ。そういう考え方の男では在るのだが、彼は「途中から求刑をする相手が代わってしまう展開」に面食らい、それによる事件の“質の大きな変化”に大いに戸惑いながら、“法”というものの筋道を通すべく、彼なりの奮戦を見せるのである…そんな様が印象に残った…

『ボックス21』にも引続き登場する若手検事に言及したが…本作には彼以外にも『ボックス21』に登場する人物が“受刑者”として登場している…

本作は『制裁』と名付けられた。巧い邦題だと思う。事件によって、夏の日に拡がった憎悪の波紋は“制裁”という型になって発露するからである…

しかし、本作の原題は“獣”、転じて“怪物”という意味合いだそうだ…直截的には幼女強姦殺害を繰り返すような、誰もが嫌悪する異常な男が“獣”或いは“怪物”として思い浮かぶ。しかし、誰しもがある種の“怪物”めいたものを心の中に宿らせてしまうことがある…そうしたものが波紋となる…本作にはそんな様子が描かれていると思う。

更に…本作は「子どもに向けられたもの」を筆頭に、あらゆる“暴力”への疑義を投げ掛けているようにも思えた…大変に重厚な感じがする作品だ…マイナー原語のスウェーデン語から、各国語に翻訳されただけのことはある!!

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