>読んだ記事…
その後に調べてみれば、彼女はモスクワだけではなく、ロシア国内やウクライナ、更にアゼルバイジャンのバクーにまで立寄るツアーを敢行していることが判った…
「これは!?」と興味を覚え、その作品に触れてみることにした…
“松居慶子”という日本語の漢字で綴る名よりも、何か“Keiko Matsui”というアルファベットで綴る名の方が知名度が高いのかもしれない…彼女は寧ろ米国に拠点を置き、方々で演奏活動やレコーディングを行っている。
>彼女のウェブサイトは英語である…
>ロシア・ウクライナ・アゼルバイジャンのツアーは“Tour Schedule”というページの2010年10月(OCT)の辺りに出ている…

松居慶子/Moyo
↑実に洗練された作品であると思った。
松居慶子はピアノやキーボードを担当しているのだが、他の楽器は各国の演奏家であるようだ…鍵盤の旋律やリズムを軸に、様々な要素を採り入れた音創りを試みている。何か欧州の何処かの国のアーティストの作品のようでもある…
音楽の世界では、この彼女のように国外を寧ろ拠点に活動している日本出身アーティストも存外に多いのかもしれない…
“音楽”というものに、“国境問題”は殆ど無い…昔は“人種偏見”のようなものが音楽の世界にも変な影を落としていたことも在ったらしいが、最近はそういう極端な話しは耳にしない…音楽の世界では、殊に優れた演奏家は何処の国であれ、評価をしてくれる聴衆や批評家が居れば、そこを活動の舞台と出来る訳だ…
ロシアでも、日本出身の演奏家等がコンクールで上位入賞を果たす場合も在り、時々そんな話題も伝わる。ということで、或る程度は日本人の名前がロシアの人々の話題に上る場合もあるであろう。
ロシアに於ける日本の文物…日本で思う以上にマイナーであるような、逆に想像以上にメジャーであるような…やや微妙である…
例えば…ロシアの若者が、私のような“おじさん”には一寸フォロー出来ていない年代のアニメ主題歌を上手に歌うような場面に出くわすと、かなり愕く…
例えば…茶道や華道のような伝統文化に妙に明るい方というのにも出くわす…かなり本格的に学んでいて、「日本の普通のおじさん」よりも余程詳しかったりで、かなり愕く…
他方で、日本でポピュラーな野球のようなことに関しては、話題になってもロシアの人は殆ど判らない…右利き用の左手に嵌めるグラブを試しに嵌めてみて、「右手のやつは無いの?」と真顔で訊ねてしまう位に…野球場で外野手を見て「何であんなに中心から遠く離れた所にユニフォームの選手が佇んでいるのか?出番前の練習か?」と訊ねてしまう位に…彼らは知らない…
それから…ロシアの人は、残念ながら日本ではそれなりに広く知られているような日本史の挿話を余り知らない…単純に、知識が流布されていないだけのようにも思うが…
冷静に考えてみれば、上述のような話しは“当然”なのかもしれない…日本人はロシアでポピュラーなことを全く知らないであろうし、それは珍しくも何とも無い…そして、何でも手近なところで「こういうものなんだ…」と互いに話し合ったり、興味を抱いてモノの本を紐解くという営みが在るのであろう…
日ロ間…彼らの用語では“ロ日間”には、大小様々な齟齬も在る…在るのだが、それはどんなに時間が掛かっても互いに学び合っていく外に、何ら出来ることもない…
日ロ間は何となく距離も“遠い”ような感じもする。殊に日本では、“齟齬”が在る故に心理的距離がより遠いような気がしないではない。「お隣の韓国」だの「お隣の中国」だのという表現は耳にする機会も多いような気がするが、「お隣のロシア」というのは…「国内他市よりもサハリンの方が物理的に近い」という稚内でのような“極特殊事例”を除外すれば非常に少ないのではないだろうか?しかし…例えばサハリン辺りでは、「“日本の人達”こそが、最も身近な“他所の地域の人々”だと思う…“(ロシア)国内他地域”ではない!!」という考え方をする人達にも時々出くわす…
ロシアのニュースで偶々知った松居慶子を切っ掛けに、やや話しが飛躍した感だが、いずれにしても「素敵な音楽を演奏する人が…」というような些細なことを入口に、諸外国の文物を学んでみるというのも大事なことだ…
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玄柊
DJ Charlie