『江戸開城』―「その日」に力強く迫る史伝…

極短い期間に色々なことが起こった所謂“幕末”、“維新”という時期のクライマックスは、“慶應”という元号が“明治”に切り替わった1868年ということになるであろう。

歴史を紐解けば、“1868年”は「鳥羽・伏見の戦い」という場面から始まったようなもので、争乱続きであった。その中で“鍵”となった出来ごとの一つに“江戸開城”というものが在る。

↓その“江戸開城”にスポットライトを当てた史伝である。

江戸開城
↑「“史伝”と言えば…」という感で、単に“大家”と言うよりも「ジャンルの代名詞」という具合にさえ思える、海音寺潮五郎の作品だ。

この作品は永く“品切れ”状態であったもので、最近になって復活した代物のようだ。海音寺潮五郎ばかりではなく、「永く活躍し、夥しい作品を世に送り出した」という作家の作品に関して、こういう事例は珍しくはないことかもしれないが…この作品に関しては、今年の“大河ドラマ”のお陰で、“幕末”が注目されているから文庫本が復活になったのかもしれない…どういう事情であったにしても「“良書”が入手し易い」状況になるのは歓迎すべきことである…

“江戸開城”と言った場合、“直接的”にそれが指し示すものは「幕府側と官軍側との話し合いにより、戦闘を行わずに官軍側に江戸城が明け渡された」という一件を言う。しかし、この一件に至るまでには色々な経過も在り、更にこの一件の後に直ぐに江戸が落ち着いたという訳でもない。ということで、本作では「その日に至るまで」と「その後」にまでに紙幅を割き、「本当に江戸が官軍側に明け渡された」と言い得る“彰義隊”の戦い辺りまでを取上げている。

幕府方から官軍方に江戸城が明け渡された件で、双方の代表として話し合いを行ったと伝えられるのは、勝海舟と西郷隆盛である。本作では、この両者や周囲の人々の活動に光を当てているのだが、寧ろ“勝海舟”に紙幅が割かれているように見える。本作自体は、実は「西郷隆盛に関することを多面的に史伝として描こうとしていた作者による、西郷隆盛に纏わる幾多の事件を扱った作品群の一つ」という性質も在るのかもしれない。そういう作品の一つとして、寧ろ西郷隆盛と対峙した“勝海舟”に敢えて踏み込んだのかもしれない。

勝海舟…史上に名を留める政治家の例に洩れず、毀誉褒貶が色々と在る。或いは「必ずしも好意的ではない評価」が存外在るかもしれない人物である。が、本作では「勝海舟が飽くまでも貫いた考え方」に光が当てられている。勝海舟は「外国勢力の脅威を撥ね帰し、日本の独立を護る」という意志を持ち続け、「そのためには“内戦”はとにかくしたくない」という姿勢を貫いた。その一方で、「徳川慶喜を護る」という、「“幕臣”としてのけじめ」のようなことを存外真面目に貫いている…彼の書簡等に目を向け、そういうことを説いている。(本作では、書簡のようなものに関して、一般読者が判り易いように著者が巧く現代語的に訳出したものを掲載している。これは非常に好い…)

この勝海舟の他方、西郷隆盛は「“革命”の成就」に向けて心を砕き、「旧制度の打破」の“象徴”ということでの「幕府を、徳川を討て」という旗振りもしていたが、他方で「必要以上に“荒立てず”…」という思いも強かった。そして彼の性向として、とりあえず“敵”であろうと、何であろうと「向き合った人間に心を開いて接し、人柄に感じ入れば、その意を汲む」というような部分が在るのだという…西郷隆盛は、勝海舟ら「とりあえず非戦」という幕臣達の人柄を信じた。そして、“癒着”等と言い立てる者が現れることを避けるため、“開城”に向けた実務に際しては全てを部下に委ね、“開城”を決めた会談以降、西郷隆盛は勝海舟に会ってはいない…

西郷隆盛との会談で、勝海舟は「江戸での戦闘を避ける」という思いを実現したのだった…が、それでもその後の推移で“彰義隊”の戦いは起こってしまった…これに関しても「何とか避けよう…」という動きは在った…本作にはその辺も詳しい。

“江戸開城”というドラマにスポットを当てた本作…なかなか興味深い…

海音寺潮五郎による“幕末”関連作品では、昨年読んだ下記の作品がなかなか面白かった…本作と合わせてお薦めしておきたい…

> 『幕末動乱の男たち』

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『江戸開城』
Excerpt: 江戸開城 (新潮文庫)海音寺 潮五郎 by G-Tools 海音寺潮五郎。 幕末・明治維新、徳川幕府の本拠地江戸城の扱いをどうするか。 新政府(薩長?)にとってみれば、敵の本拠、落とした..
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