『黒衣の宰相』―“悪名”に甘んじた…或いはそれを望んだ男の物語…

「連休前にふらふらと入手」の数冊の中から、一冊を大変愉しく読了した。早くも二冊目になってしまったが、紐解き始めてから“続き”が気になって仕方なくなり、夕刻に近所の“W”で確り時間を設けて、一気に読んで大満足である!!


黒衣の宰相

本作の題名である。“黒衣”とは、僧侶の衣装を示す。“宰相”とは、現在の日本の制度で言えば、内閣総理大臣を示す言葉である。「政治的な有力者」という含意であろう。『黒衣の宰相』というのは、「僧侶ながらも、有力な政治家」という程の意味になる。

日本史上には「黒衣の宰相」というような、政治的な活動で力を振るった僧侶という人物は何人か居る。本作の主人公もそうした人物の一人である。そして、同じ作者の『黄金の華』にも劇中人物として登場もしている…主人公は、江戸幕府の草創期に活躍した金地院崇伝だ。

本作は、「やや意外?」という感じもする題名の章から始まる。“海鳴り”という題名である。僧侶と海?政治家と海?一寸結び付け難い…

当初はそれを「やや意外?」と想いながら読み進めたが、頁を進める中で気付いたのは、“海鳴り”が主人公の崇伝の中の何処かで何時も鳴っていた音だというようなことだ…

崇伝は南禅寺の僧である。禅僧ということになる。当時の禅僧は、多くの漢籍に触れており、豊かな学識を備えていた“知識階級”だった訳だが、その知識を活かして色々な活躍をする人も多かった。殊に当時の外交は、「漢文による国書を外国とやり取り」という部分が大きな位置を占めたことから、漢籍の知識が豊富な禅僧は“外交僧”というような活躍もしていた。崇伝もそういう生き方を望んだ。学識によって世に出ようとしたのである…更に、そうすることを渇望していた…

“海鳴り”という題名の最初の章は、勉学のために禁を犯してまでも明国へ渡ろうと試みた顛末が描かれる。その顛末に関連して“海鳴り”なのである…“友”である六弥太、“愛する女”である紀香(後に小宰相の局)がこの最初の章から登場する…

崇伝はその後、曲折を経ながらも異例の若さで南禅寺の中で昇進し、徳川家康に仕えるようになる。彼は「戦の無い世」という理想のため、あらゆる策謀を駆使する。正しく「手段を選ばない」やり方を貫く…これにより崇伝は“大欲山悪長老”などと大悪人呼ばわれをする…しかし、「戦の無い世」という理想のため、それを甘んじて受ける…

やがて崇伝は、豊臣家への宣戦の口実を見出す…かの、釣鐘に刻んだ「国家安康」の文字が「大御所・徳川家康の“家”と“康”を敢えて切り離したもので、徳川を呪ったもの」という“言いがかり”のような話しである。これを言い始めたのは、崇伝とされている…

そして「“戦国”の最期」ということになる大坂の陣は開戦する…大坂城の防御力を奪うために開戦した“冬の陣”の後、いよいよ“夏の陣”である。

この“夏の陣”に関する辺りだが、かなり夢中になった!!“夏の陣”では、真田幸村の軍勢が徳川家康の本陣に肉薄したことが伝えられるが、この場面で崇伝は家康の直ぐ脇に控えており、槍を振るう場面さえ在る!!更に…これは未読の方の愉しみを妨げないため、敢えて綴らないことにしておく…この場面は非常に力が入る!!

あらゆる策謀を弄して栄達を目指す崇伝…その生き様に対する“問題提起”をするような位置で、劇中には沢庵が登場する。崇伝の生き様は、“修羅の道”とでも言うようなものだ。“安寧”というようなものが、何処まで行っても訪れない。或いは、散々高まる“悪名”は、崇伝が半ば「望んだ」ものかもしれない…それは何故か?“理想”への“渇望”であろうか?

“理想”への“渇望”故の「手段を選ばない」振る舞いにより、“悪名”が高まってもそれを甘んじて受ける…こういうのは、ある種の“求道者”とでも呼ぶべき生き方かもしれない…

やや“悪役的”な“求道者”とでも呼ぶべき、本作の崇伝は非常に面白い!!文庫本としてはかなり分厚い感じがする一冊だが、読み始めるとそういうことは忘れてしまう…面白いので夢中になって頁を繰ってしまうのだ!!

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