ということで、「連休前にふらふらと入手」の数冊の中、早速一冊読了した…
黄金の華
本を入手するにせよ、食事をするにせよ、サウナを利用するにせよ、列車で出掛けるにせよ、何時でも私は金を使う…そのこと自体に何らの疑問も抱いていない…が、こういう“貨幣経済”の原則のようなものが広く普及し、定着して、物流が盛んになっていくまでには経過というようなものが在った筈だ…
そういう“経過”というようなものが、言ってみれば「経済分野の歴史」とでも言うべきもので、最近はどうしたものかそういう分野に題材を求めた小説に眼が向いてきた。
明治時代に、現在の私達が馴染み切っている“円”を創設することに努力した大隈重信の物語である『円を創った男』や、幕末期に始めた貿易に関連した経済の混乱を、江戸に乗り込んだ英国総領事オールコックや米国公使ハリスの目線で描いた『大君の通貨』というような作品を愉しんだ。
幕末から明治の通貨に関する話題に先に触れた訳だが、この時期に至る遥か前、『大君の通貨』のオールコックやハリスが“コバング”と呼んだ江戸幕府支配下で流通した小判を創設した人物が居る。これが本作『黄金の華』の主人公である後藤庄三郎だ。
庄三郎に始まって、“後藤家”は“金座”と呼ばれた造幣所を幕末期に至るまで差配し続けていた。その“後藤家”は、現在の日本銀行本店の辺りに屋敷を構えていたそうだ。ということもあって、本作は「江戸幕府の初代“日銀総裁”に引き立てられた男の物語」という色合いもあると思える。
この『黄金の華』だが、そこそこにボリュームが在る他方、読み始めると夢中になってしまい、時間を設けてどんどん頁を繰り続け、なかなか止められずに直ぐに読了してしまった…
“後藤家”は、京都で金を商う家であったのだが、江戸を本拠に関東を領することになった徳川家康に請われて、江戸に店を出した。江戸幕府の確立に至るまで、戦国大名は領地で通用する貨幣を各々に鋳造していたのだが、後藤家はその仕事を請け負うことになったのだった。主人公の庄三郎は、この“後藤家”の手代だった…
庄三郎が何故江戸に赴くことになったのか?庄三郎の仕事振りは?こういうようなことの仔細は、未読の方のお楽しみを妨げるのを避ける意味で、敢えて綴らない…が、豊臣秀吉政権の最末期、関ヶ原合戦、江戸幕府成立、大坂の陣という時代の中、「黄金と世の人々の生業」というようなテーマに向き合う庄三郎の生き様は爽快でさえある。また、“友”と呼び得る男達や、色々と縁の出来る女達や、政治の世界に入ってからの敵や味方など、庄三郎と接する人物達とのやり取り等も愉しい…
単純に「愉しい時代・歴史モノ」として読めば十分なのかもしれないが、本作に接していると、「カネと人間と」とか「社会と経済と」とか「為政者の姿勢」というような様々なテーマについても、少し考えてみたくなる面も出て来る…
本作を読めば、“時代劇”でお馴染みの“小判”が登場した経過、発想が明快になる。それだけでも、本作は価値が在るとも思えるのだが、それには止まらない…お奨めだ!!
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