連載:Sakhalin (OCT 2009)― 時差…放送…

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サハリンを訪ねた10月20日頃の時季、稚内では朝の6時頃から明るくなる。サハリンは2時間の時差がある。私が滞在したユジノサハリンスクは、稚内からであれば多分「直線距離で190km程度北東」といった辺りだ。留萌辺りと似たような距離に過ぎない。日の出のタイミングは大きく変わらないのだ。という訳で、両地域の“時差”である2時間を加えた「8時頃」が明るくなる時間である。

稚内から「直線距離で190km程度北東」に過ぎないユジノサハリンスクとの間に時差が在るのは何故か?極短く言ってしまえば「“時間”というのは、各々の地域が傘下に置かれている政府で人為的に決めているものだから」ということに他ならない。

もう少し文字数を費やす…

“時間”は英国ロンドン近郊のグリニッジ天文台辺りを通過する“経度0”の“子午線”から、15度ずつ24に地球上の地域を分け、時間帯を割り振るのが基本原則である。が、機械的に「この地域は東経○度なので、時間帯は△」と割り振る訳ではない。地域が属する国の都合などで時間帯が決められるのである。

日本の版図は、南北に拡がるばかりではなく、東西に関しても存外広い…日本の政府は、その「版図の東西の拡がりの真ん中辺り」を“東経135度”と設定している。そして、そこの時間帯を“日本時間”にしたのである。

ロシアの版図は、東西の拡がりに関しては「地球の半分弱」になる。国内で11の時間帯を設けている。サハリン辺りは、日本時間と比べると「+1時間」の場所の時間帯ということになっている。

というように“時間”は日本の政府、ロシアの政府が各々に(勝手に)決めているので、稚内とユジノサハリンスクとのように、南北に少々隔たっているに過ぎなくとも“時差”が生じてしまう…

更に、ロシアは“サマータイム”を採用している。3月末から10月末の期間、「時計を1時間進める」ということをしている。日本ではこれを採用していない。従って、この期間は「+2時間」ということになる…余計な話しを加えておくと、1990年代前半まで、サハリンは日本時間に比べて「+2時間」の設定だった。何時の間にか「+1時間」にしたのだが…「+2時間」時代の夏季には、時差は「+3時間」だった…

今年の場合、10月25日が「10月第4日曜日」で、同日の午前2時に「時計を1時間戻す」ということをしている。本稿執筆時点では既に「+1時間」だが、今回ユジノサハリンスクに滞在していた期間は「+2時間」の状態だった。

ややくどい感じになったが、「稚内とユジノサハリンスクとの2時間の時差」に関することを紐解いておいた…

ユジノサハリンスク滞在中、「朝9時頃から活動開始」というような予定であった。これは通常であれば、別段に特記すべきことでもない…

「朝9時頃から活動開始」というような予定であれば、ゆっくり朝食を愉しんだり、他のことをするために起床時間は6時台から7時台を想定するのが普通なように思う。余りギリギリまで寝ていたのでは慌てなければならなくなる…

が、ユジノサハリンスクが明るくなるのは「漸く8時」である。普通に起き出せば「確実に屋内は暗い」ことになる。対して、普段の稚内での暮らしの中では「やや早く目覚めた…」という場合には暗いが、大概は「ぼんやり明るい…」という中で起き出すのがこの時季なのだ。

“時差”の理屈は非常によく理解しているつもりである。そうであっても“感覚”が“知覚”に巧く追随出来ない…「5時も6時も7時も真っ暗で、8時を過ぎて漸く明るくなる」状態に違和感を禁じ得ないのだ…

この“違和感”に、「枕が代わって眠りが浅めになる」という“症候群”も少々影響する…拙宅の旧い寝具に比べれば、宿泊先のものは新しく清潔で、大変に結構な筈なのだが、それでも“慣れ”というものがあって、「より快適な筈」がそうはならない…“波長”というようなものなのだろうか?

こういう“複合症状”で、この時季のサハリンは「妙に朝がスッキリしない」ということになってしまう。更に、極短い滞在なので「“感覚”と“知覚”が漸く折り合いを付ける」ような頃には、「帰国の船」が待っていたりする…更に、帰国してから「やや早めに眠気が…」ということにもなる…

この“複合症状”に追い討ちを掛けるものが…テレビである…

スッキリしない朝、何気なく宿泊先の部屋でテレビを点けてみる。流れている画が眼に入る…何かの写真や映像で顔を見た覚えがある国会議員が妙に熱く「つかみ合いの喧嘩でも始まるのではないか?」と心配してみたくなるような勢いで討論をやっていたり、サッカーやバスケットボールの結果や試合ダイジェストをやっていたり、ルックスの良いアナウンサーが淡々とニュースを読んでいたり、学者か専門家風の人が何かの解説の話しをしていたりと、内容は様々だ。ぼんやりした頭で、とりあえず内容をフォローしてみようなどと考えるのだが、数秒でそれが出来なくなる。画面の隅に出ている“時間”が22時とか23時、或いは1時だったりするのだ…慌てて手元の時計を見る…時間は起床を想定した時間の周辺である…非常に“坐り”が悪い…

この「朝にも拘らず、夜中の時刻が画面に出るテレビ」というのは、サハリンのテレビ事情のお陰だ。サハリンでは、通常の地上波、衛星、ケーブルと様々なテレビ放送を観ることが出来る。殆どが「モスクワの番組をそのまま流す」型になっている。そのため画面に時刻が出る場合には“モスクワ時間”が表示されるのである…

こういう事情も理解しているつもりだが、「朝なのにテレビは夜の時刻!?何事だ?!」と戸惑う“感覚”を“知覚”が巧く制御出来ない…ずっとサハリンに住んでいる人は、こういう状況に慣れ切っていて、私のような状態は“奇妙”以外の何物でもないと観るのだろうが…

何故だろうか?恐らく、日本では、朝の時間帯については「時計代わりのテレビ」というような雰囲気が在って、自身がそれに「無意識的に嵌っていて、何らの疑いも持っていない」ということなのであろう…

実は昨年も同じ10月後半にサハリンを訪ねる機会が在り、全く同じような感じ方をした。“知覚”はそれを“学習”したつもりなのだが、“感覚”は“出来なかった”ということになる…こういうのは“感覚”とか“知覚”というのではなく“生理”なのかもしれない…

10月にはこういう苦々しい思いをするサハリンだが、5月から8月という時季にはこういうことはない。何故なら、起き出した頃には明るいのが普通で、テレビを点けて「夜中の時刻」が表示されても「これは時間帯が異なるモスクワからの配信だから…」と直ぐに“感覚”と“知覚”が並走出来るのだ…そして、「枕が代わって眠りが浅めになる」という“症候群”でやや早起きしても、「明るい…天候が良さそうだ…一寸その辺を散策…」ということなどを考え「少し得した気分」に浸る場合さえ在る…

テレビの話しの序にラジオの話しも…

サハリンで聴くことの出来るラジオだが、「ニュースやトークが多いもの」以上に「流れる音の大半が音楽」というスタイルの放送局が目立つ。そしてFM局が多い…これはサハリンやロシアに限らず、私が承知する限り、欧州諸国全般に言えるような気がする。

私は永く小さなラジオを愛用している。記憶が確かなら1993年に求めたモノだ…それを色々な国々に持ち込んで、各々の土地でラジオを聴いてみた結果、欧州諸国では「“流れる音の大半が音楽”というスタイルの放送局が目立つ」という結論を得た…

サハリンのラジオに関しては、サハリンに在る放送局による“自社制作”の比率が或る程度高いと見受けられる。時報、或いはアナウンサー、パーソナリティーの声で時刻を伝える場合に「В Южно-Сазалинске」(ヴ ユージノサハリンスキェ)と「ユジノサハリンスクでは」という、場所を示す表現を添えている。これを聴くと安心である…

ラジオで時間を言う場合だが…ラジオでは“24時間制”で言う場合が圧倒的に多いような気がする。午前の時間帯は、例えば“4時”とか“7時”とか“11時”と言うが、午後に関しては“16時”、“19時”、“23時”と言っている…これらの時刻を示す表現の前か後ろに、上述の「ユジノサハリンスクでは」という意味になる場所を示す表現「В Южно-Сазалинске」(ヴ ユージノサハリンスキェ)を添えるのだ。

話しを一寸テレビに戻す…

サハリンではケーブルテレビで色々なチャンネルを観られるようだ。様々な国や地域の人も宿泊する場所では、そういうものも取り入れているようだが、時々「チャンネルの入れ替え」も在るようだ…

5月にサハリンを訪ねた際、宿泊先のテレビで「お気に入りのチャンネル」を発見した。RU.TV(ルー・テーヴェー)というチャンネルで、「流行の音楽のプロモーションビデオをガンガン流す」というものが放送時間の大多数を占めるようなチャンネルだ。

ロシアのヒット曲のプロモーションビデオ…少し凝ったドラマ仕立てであったり、なかなか神秘的でアートセンスが感じられる画が在ったり、米国辺りのモノを妙に意識したものだったり、途轍もなく美しい女性が登場したりと「お楽しみ満載」である…

今回、5月にも利用した宿泊先に滞在した。部屋のテレビで、この「お気に入りのRU.TV」を観ようとしたが…映らなかった…ケーブルテレビの“チャンネル入れ替え”で他に切り換えたのであろう…尤も、あの宿泊先の日本人客で「嬉々としてRU.TVを観る」というのは“少数派”に止まっていたであろうが…5月には沢山の同行者が居たが、部屋でRU.TVを嬉々として観ていたのは「私だけ」だったようだ…

更にサハリンでは…日本のBS放送が受信可能だ…これは稚内辺りと同じようなアンテナとBS放送受信可能な機器が在れば良いのだ…宿泊施設に限らず、一般家庭でも愉しんでいる方が多々見受けられる。

実は今回、部屋で日本のBS放送も観た…私自身がサハリンを訪ねた場合としては「多少の例外」である…私は「地元ではお眼に掛かり難い“訪ねた土地のモノ”を愉しむ」のが好きなのだ…

今回はプロ野球の“クライマックス・シリーズ”が放映された。これは“例外”という話しになってしまう。10月21日のイーグルスVSファイターズ…「9回裏にファイターズが5得点で逆転サヨナラ勝利」という“漫画”や“テレビドラマ”でもやらないような展開だった試合である。私は「イーグルス先行」の辺りを見ていて、疲れて眠ってしまい、愕くべき場面は見逃したのだが…

この中継に関しては、買い物をして午後8時頃に部屋に戻ってみると、丁度“試合開始直後”の時間帯だった。日本では“午後6時頃”だった訳である。何気なくテレビを点けて「そう言えばこれをやっていたんだ!!」となった訳である…

私はこの状況に身を置いて、“米国のスポーツファン”を想像した。例えば、「シカゴ辺りに居て、サンフランシスコ辺りで開催の試合が気になる」という場合、「サンフランシスコ辺りの試合開始時間6時」が「シカゴ辺りの8時」になる。テレビ中継が在るなら、8時にテレビを点ければ良い…

それにしても、「稚内とユジノサハリンスクと」の「2時間の時差」…これは本来は「シカゴとサンフランシスコと」の東西距離で発生するような代物である…不思議だ…そして思う…「“時間”の基本原則に従えば、稚内の経度なら“日本時間”より“サハリン時間”の方が正しいかもしれない」とである…また、「理屈では“人為的”に決められている“時間”も、何時の間にか“生理”になってしまっている」というようなことにも思いを巡らせてしまう…

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(Charlie at Wakkanai)

→今回のサハリンの写真はこちら…

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