『壬生義士伝』―重層的な手法で語られる“吉村貫一郎”の“生き様”が問い掛けてくるもの…

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永く気になっていて、漸く入手して読了した作品が在る…



壬生義士伝 上 文春文庫 あ 39-2




壬生義士伝 下 文春文庫 あ 39-3


小説というものは「読み進める毎に作中世界の時間が進む」、言葉を換えると「“時系列”に物語が綴られる」というのが、“基本形”のように思える。が、それに拘泥する必要も無い。作中世界の時間と空間が自在に動き回るような綴り方も在る…

この『壬生義士伝』は、戊辰戦争の最中と、約50年後の大正時代と“時間”を、そして盛岡、京都、江戸、東京と“空間”を自在に飛び回りながら、主人公「吉村貫一郎」と家族の物語が綴られている。

吉村貫一郎は新撰組で活躍した人物である。南部の盛岡から脱藩し、江戸での隊士募集に応募して京都に出た。新撰組を含む幕府側が敗れた鳥羽・伏見の戦いの後、負傷した身体を引き摺って大坂の南部家が差配していた蔵屋敷に現れ、そこで切腹して果てた…

物語は、負傷した身体を引き摺り、懐かしい南部家の家紋が入った提灯の燈る蔵屋敷に吉村貫一郎が現れた辺りから始まる。鳥羽・伏見で、後年“戊辰戦争”と呼ばれる戦いが始まってしまい、南部の家中では「とりあえず中立」という状況の中、幕府側の新撰組の隊士として戦い、傷ついた吉村貫一郎が姿を見せた雪の夜…という訳だ…

そこから時間は50年飛ぶ…「吉村貫一郎について教えて欲しい」という者が、彼を知り得る様々な人を訪ね歩いている。その人物の訪問を受けた、吉村貫一郎を知り得る様々な人達が各々に語ることが綴られる。

『壬生義士伝』は、この「吉村貫一郎を知る人達が各々の言葉で伝える彼の姿」と「南部家の蔵屋敷の一室に通され、切腹をすることとなった吉村貫一郎の独白」とが交互に並んだ構成となっている。

「様々な型で関わった多様な人々の語り」により、吉村貫一郎という主人公の様々な面、更に「時代の空気」、「時代が抱えてしまっていたもの」が広まり、深まる。そして「もう直ぐ腹を切って死ぬ」という場面に居る本人の独白…これは他の人々が語るものを補う場合も在るが、逆に「寧ろ雄弁でもない本人の独白」を他の人々が語っていることが補っている面も在る…重層的な綴り方になっている。

『壬生義士伝』は、作中世界の時間や空間が飛び回るような構成、性質のややことなるものを交互に並べるような型で、“相乗作用”を産んでいる…実に「巧い」作品である…

吉村貫一郎は貧しい足軽だった。しかし、学問に秀で、剣術は免許皆伝であった。藩校で学問や剣術の指導を行っていたが、少年達にとっては素晴らしい教師だった。そして何よりも、家族を愛する男であった。この男が“脱藩”という、当時としては酷く思い切った振る舞いに至ったのは何故だったのか?彼が抱えていたものは何だったのか?彼が殉ずることとなった“義”とは何だったのか?非常に引き込まれながら読んだ…敢えて、それをここで詳述することは避け、多くの皆さんに本作を紐解いてみることをお勧めしておきたい。

本作の中で、吉村貫一郎についての様々な“語り手”が登場する。何れも、幕末期から明治を経て大正に至るまでの50年程度を生きてきた人達で、幕末期(江戸時代)の社会と、それが半ば捨て去られた明治・大正を潜っている。幕末期(江戸時代)の「何とかしたかったこと」というのも語られるが、他方で明治・大正を通じて「損なわれてしまったかもしれないもの」も語られる。こういう辺りを読むと「幕末を振り返る、大正時代に存命の老人の言」という体裁で、「現代社会が蔑ろにしているかもしれないもの」に関して「一寸した“告発”」を試みているような気がしないでもなかった…

因みに…作中には城下町・盛岡を流れる川や橋が出て来る。盛岡に立ち寄った際、「城下町の時代にもこの辺りが橋だったのか?」と考えながら歩いたが、『壬生義士伝』の中のシーンを読むと、再訪してみたくなる…

なお、浅田次郎氏による新撰組関連の作品には『輪違屋糸里』というものもある。こちらも面白い!!

『輪違屋糸里』(上・下) 浅田次郎 (文春文庫)

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(Charlie at Wakkanai)

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