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サハリンは、稚内にとって「"過去"(むかし)、"現在"(いま)、そして"未来"(あした)を繋ぐ存在」であることに想いを巡らさずには居られない…"現在"に近いことを話題にしていた…
「ポストソ連」というような時代に入った辺りからの話しである…サハリンの場合、「新しい経済の確立」に向けて、2つの大きな要素が在った…
その1つである"水産"に関しては、既に詳しく論じてみた。
もう一つに触れる。"資源"である…
最近「サハリンから"ロシア史上初"となる液化天然ガス(LNG)の出荷が始まった」ということがニュースになった。サハリンは石油や天然ガスを産出する地域なのである。
資源の開発は、「そこに資源が在りそうだから…」というだけでは進められない面がある。技術的に、試掘や本格的な採掘が出来る場所で、採掘したものを輸送する手段を何とか出来、そして資源の市況などに鑑みて「投下した莫大な資金を回収可能と見受けられる」ということでもなければ、着手は出来ない。
サハリンの大陸棚に資源が眠っているという話しは、随分と以前からあったようだ。しかしサハリンのオホーツク海側は、概ね半年も流氷に閉ざされてしまう。(このサハリンの流氷が拡がったり、流れたりで北海道までやって来るのである…)
この氷海で資源調査を行って、更に本格採掘を継続することは、永く「技術的に困難」とされていた。また「半年動き難い」場所では「事業の採算性?」とも考えられていた。そしてサハリンの沖合いのオホーツク海は、「冷戦の海」という色彩も濃く、資源を調査して採掘するというような営みを行い難いという事情まで加わった。
こうした状況も、先ず1990年代になって「冷戦終結」というようなことになり、ロシアが資本や技術を方々から導入して資源開発に着手することにも積極的になっていたことで"前進"することとなった。
それでも「氷海での活動」という問題は残った。困難なら、活動を休めばそれで構わないのかもしれないが、問題なのは「活動の為に設ける掘削リグ等を押し寄せる氷から如何にして護るのか」ということである。
この辺に関しては、"北海油田"で関係企業の間にノウハウが蓄積されていた。欧州の北の方で海底油田が手掛けられているが、開発は年代が進むに連れて試掘や本格採掘の場所を北へ進めた。北へ進めると「冬季の氷の影響」という課題はどうしても出て来る。それへの対応技術が工夫されていた訳である。更に北海油田の他、アラスカでも各関係企業は経験を積んでいた…
また、石油は昔よりも確実に高くなっており、新興国の成長というような需要が減らない要素も在るので、"採算性"に関する検討もクリアしたのである…
ということで、サハリンでは1990年代から資源開発が本格的に始まった。サハリン周辺を一定の区域で区切り、9つの開発区域を設けた。各区域に関しては<サハリン1>、<サハリン2>…というように呼んでいる。
1から9の中、<サハリン1>、<サハリン2>は早くから着手され、採掘された石油の早いものは既に1999年頃から売り出され始めている。3から9の各区域に関しては、「これから…」のようだ。
<サハリン2>は、現時点では「最も日本と関係が深い」ものとなっている。この<サハリン2>では、「採掘される天然ガスを、サハリンを縦断するパイプラインで、サハリン南部のコルサコフ近郊にあるプリゴロドノエという所の工場に送り込み、液化天然ガス(LNG)にして専用船に積込み、方々の買い手に送り届ける」というのが事業計画の大きな位置を占めている。この「LNGの方々の買い手」の6割を占めるのが、日本の需要家である。所謂"太平洋ベルト地帯"の大都市圏を中心に、サハリンからのLNGは都市ガスのやガスタービン発電に利用されるのである。
石油の方だが、こちらは海が氷で閉ざされない期間を利用し、海上に設けたタンクからタンカーに積込んで買い手に供給していた。これに関して<サハリン2>では上述の天然ガスパイプラインと並行して石油用パイプラインを設け、プリゴロドノエのタンクに貯めて、アニワ湾を航行するタンカーに積込む施設も用意した。これにより、年間の殆どの期間を通じて石油を出荷することも出来るようになった。
プリゴロドノエのLNG工場は、年間960万トンを生産可能で、「日本向け」が6割を占めるそうだ。年間のべ数160隻の専用船を工場手前の海に設けた施設で迎え入れて出荷する。これまで、日本の需要を満たすLNGは中東諸国や東南アジアから2週間、3週間という期間で輸送されていた。が、サハリンからなら、東京まででも3日程度ということになる。これは石油も同様である。この輸送期間短縮は画期的だ。
サハリンでの資源開発の話しだが、採掘される資源自体は方々に売られるという話しで、サハリンそのものに何かをもたらすというのでもないかもしれない。が、開発関係の工事や、それらを円滑に行うために関連する社会資本を整備するなど、"経済効果"をもたらす様々なものがサハリンに発生する。そうしたものを受けて、サハリンの住民の所得向上や消費拡大という状態も生まれ、そういう中で住宅や商業施設等の整備も進む。何か「産油国の王様が、砂漠の真中にプールの在る豪邸を構える」というような状況こそ地元に在る訳でもないが、それでも"資源"がサハリンの「新しい経済の確立」に寄与していることに変わりはない。
このサハリンでの"資源"から発生した動きだが、稚内でも「対岸のお話し」(=余り関係ない)ということでもない。
サハリンで開発関係の、或いは関連して発生した社会資本整備の工事、更に様々な建築工事が在ることにより、稚内港で物流が発生しているのである。また、人々の所得が向上して「次の休暇に日本旅行!!」という層が出来、またそれが拡大していることで「稚内に外国人旅行者が…」という現象も見受けられるようになっている。
というように、"水産"や"資源"というような要素で、サハリンにもこの十数年で「新しい経済の確立」に向けた色々な経緯があった訳である。
ここで話題にしているサハリンに関して、最近の写真を御覧頂けるようにしてある。
↓2008年5月・10月に撮影のサハリンの様子を下記リンクから御覧頂くことが出来る。
Reise:Sakhalin island, Russia in MAY 2008
Reise:Sakhalin island, Russia in OCT 2008
↑上記リンクを開くと、写真が並んでいる。
その写真で気になったものをクリックしていただくと、“アルバム”風に纏まったものが出て来て、各写真を愉しんでいただける仕掛だ。
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