連載:『稚内の過去・現在・未来を結ぶサハリン』―その5

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サハリンは、稚内にとって「"過去"(むかし)、"現在"(いま)、そして"未来"(あした)を繋ぐ存在」であることに想いを巡らさずには居られない…ということで「現在に近い」過去の話題を取上げていたが、話しはいよいよ"現在"に近付いてくる。

ロシアでは、「ソ連の計画経済」が「とりあえず放棄」された。「その後」が不透明な状態が続いた。新しく"ロシア連邦"と名乗って、新しい(と言っても赤旗以前への"復旧"だが…)旗を掲げてはみたものの「ポストソ連の時期にある社会」とでも呼ぶ他無い状況だった。

こうした中で、これまで大活躍していた工場等が「無用の長物」のようになってしまい、そういう工場のようなものの関係者が多く暮らしているような地方の都市は困ってしまった…サハリンもそういう例に漏れない…

サハリンの場合、「新しい経済の確立」に向けて、2つの大きな要素が在った…

その1つが"水産"である…

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サハリンの人達は、サハリン州を国内他地域や外国人に紹介する場合、「島々から構成されるサハリン州」という表現を好んで用いるように思う。ロシアでは"陸地"というものは「=大陸」であり、大小様々な島々を"州"という括りにしている例は、サハリン位しか思い浮かばない。“島々”というのは「地域の個性」の最たるものなのである。

“島々”というのは、どういうことだろう?「海に開かれている」ことに他ならない。海の恵みを利用し、人やモノの輸送手段として船舶を活用出来る、ということである。

サハリンでは、俄かに「世界中から海産物を買い集めている隣国」に脚光が当てられることになった。「サハリンの海産物を日本へ売ろう!!」という訳である。

ここで数字を挙げておく…

1985年 31 隻
1986年 27 隻
1987年 29 隻
1988年 54 隻
1989年 90 隻
1990年 237 隻
1991年 376 隻
1992年 983 隻
1993年 1,325 隻
1994年 2,126 隻
1995年 2,547 隻
1996年 2,924 隻
1997年 4,294 隻
1998年 3,609 隻

↑これは、「稚内港に入港した外航船」の数である。税関の資料なので、貨物の積降のような、税関関係の手続を行った隻数ということになる。

1987年頃までの稚内港は、税関関係の手続を行う船が年間30隻前後だった。「1ヶ月に3隻入るか入らないか…入港ゼロの月も在り得る」という水準である。

1988年から1991年頃は、未だ「ソ連時代」だが「国外に売ることが出来るものを売る」ということが盛んになり始め、サハリンの船が稚内港へ“売り物”を持って来るようになった。「街で上陸船員を散見するようになった…」という時期であった。

1992年には、突然のように入港数が「対前年比で倍増」ということになった。「サハリンの海産物を日本へ売ろう!!」という動きが力強くなって行ったのだ。“新しい国”たるロシアが、ソ連時代末期の混迷を何とか抜け出そうとしていた時期が始まっている。稚内でも「ロシア船…多いね…」という雰囲気になってきた時期であった。

やがて「サハリンの海産物を日本へ売ろう!!」の動きが加速し、年間に3千隻前後という水準の入港が見受けられるようになる。土日曜日と祝日を除いた、税関が手続を行う日は年間250日程度だ。最も外航船の入港が多かった1997年などは、単純な平均で「毎日17隻」という数である。これは後から振り返ると“ピーク”という型なのだが、90年代末辺りには単純な平均で「毎日10隻」というような外航船の入港が続いていた。

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「一日平均10隻の外航船が入港」というのはどういう状態であろう?

日本と外国との間と往来する船舶や航空機の外国人乗員は、補給や休息のために日本に上陸することが出来る。これを“特例上陸”という。これは、乗員としての身分を示す書類を提出して手続を行うもので、一般的な外国旅行で御馴染みなパスポートを用いるものとは若干扱いが異なるものである。

成田空港や関西空港のような、外国航空会社の飛行機が多く発着する国際空港を利用して国外旅行をした経験が在る方なら・・・「日本に帰って来た…」とパスポートを手に手続のために入管のブースで並んでいて、脇の方の別な通路から外国人のパイロットや客室乗務員がすうっとターミナル側に出て行く場面を御記憶かもしれない。あれが“特例上陸”である。稚内港の船の場合は、船の入港に関連する諸手続を請負う海事代理店が入管とやり取りして、船員達の“特例上陸”の手続を行っている。

この特例上陸だが…船によって乗員の数は当然異なるが、小さな船で少なめな場合でも、10名前後は乗り組んでいる。「一日平均10隻の外航船が入港」ということは「殆ど毎日、100名前後の外国人船員が"特例上陸"している」という話しになる。こういう按配になると「街で上陸船員を毎日のように沢山見掛ける…」ということになる。

実際、その殆どがサハリン等のロシア人である上陸船員は、「殆ど毎日、100名前後の外国人船員が"特例上陸"している」という話しになっていた時期、年間延べ数で3万人から7万人(!)という夥しい数に上った。これは稚内に住んでいる人口に比肩するか、それを凌駕する数字である。

セブンアンドワイ

余所から稚内へ来たという、御旅行中の方に尋ねられたことがある。「何故、稚内の街にはロシア人しか歩いていないのでしょうか?」とである…

正直なところ言葉に詰まったが、ロシア人船員は港から街へ用足しに出るのに歩いて行く。他方、地元住民は「ドアからドア」の間隔で自家用車で動き回っている。何処へ行くにも、何より先に駐車場の心配をする…従って、歩道で歩行者を見掛けると「ロシア人ばかり?」に見えてしまうのだと思われるが…

こういうような状態になって来ると…「激烈な勢いで増えた、稚内を通過する外国人とどう向き合うか?」という“かなり深いテーマ”というようなものも見えてくるような状況になった。

申し上げ難いが…非常に数多かった上陸船員の中に、「摩擦」を起こしてしまう人達も混じっていたのは事実である。「摩擦」という表現にしたが、中には「とんでもない!!」も確かに在った…だが、圧倒的多数派は「普通な人々」である…

しかし…「摩擦を起こしてしまう人達」が少しばかり居たということにより、「ロシア人はそういうもの!!」という空気が稚内市内には立ち込めていた時期があったと思う…

ロシア人船員のような人達は、稚内市内の人達の圧倒的多数にとっては、“異人種”で「言葉が通じない」かもしれない。が、所詮人間には「善い人・悪い人」とか、もう少々突っ込んでみると「気が合う・気が合わない」程度の差しかないのではないか?場合によっては「利益になる・利益にならない」というようなことも混じるかもしれないが…「言葉が通じる」同国人であろうと、用事が無かった場合等は、別段に親しく話す訳でもないのだから、放っておけば良い…しかし…というような言説は随分と耳にした…

デル株式会社

「殆ど毎日、100名前後の外国人船員が"特例上陸"している」という話しであった時期、ある人が言っていた…

「ロシア人が多いという話し…実際凄く多いけど…私の仕事は建物の設備に関係するもので、船の人達と何ら関係は無いと思うし…ロシア人…関係ないね…」とである。

これは「一寸待ってください…」という話しである…

例示した「建物の設備に関係」というような仕事の場合、確かに「船関係者との取引・接触」は皆無かもしれない。が、船関係の仕事をしている場所で「うちの○○が手狭になったので増築」とか「うちの設備をそろそろ更新」というような話しが、「船関係で収益を挙げていて資金が出来た」ことを背景にして発生したとしたら如何であろうか?「建物の設備に関係」の仕事が「間接的に船の関係で発生」と言えるのではないだろうか?

例えば「サハリン辺りからの船が沢山入るようになったが…」というようなことを論じる際、実はここで例示した「建物の設備に関係というような仕事」のような、「間接的に仕事が発生」という話しが意外に重要である。こういうものが、所謂「経済効果」と称するものである。

年間延べ数で、稚内に住んでいる人口に比肩するか、それを凌駕する数の上陸船員が見受けられる、という状態…こうなると船の積荷の取引、それらの荷役、何処かへの輸送、地元での売買に関して資金が動くことはハッキリしている。更に、船員達は買物や飲食を行う。買物や飲食で動き回る際にタクシーも利用する。これらの全ての仕事が忙しくなれば、雇用が発生する。“雇用”というのは、この例の場合はタクシー会社で運転手の募集をするとか、多少忙しくなった店でアルバイトを募集するとか、そういうものまで全て含めている。また、事業所等の設備更新等も発生する。関連の仕事で資金が貯まったという話しにでもなれば、事業の拡大や多角化を志向する所も出て来るかもしれない…というように波及が拡がる。これが「経済効果」と称するものだ。

この「経済効果」については、「勘定のやり方」次第で幅が出る性質のものである。色々な見方があるのかもしれないが、間違いなく言えるのは、「“経済効果”と言えるものが生じる状況が在れば、“うちは100%関係在りません”と言い切ることの出来る事業所や個人がどんどん少なくなる」ということである。

この“水産”に関することだが、最近は稚内の様子も少々変わっている。近年は往時の「凄い…」状態ではなくなっている。

「ロシアからの激烈な輸出増」の中には「規制の網」を潜ったものも混じっているなどしたため、次第に「取り締まり」という動きも出て来た。また日本の各地で「外国からの事故船が片付かない」というような状態も多々見受けられたことから、外航船の入港に関して、日本の側で規制を強化した経過もあった。更に、ロシアからの海産物の輸出も「商売」である以上、好不況もあって近年は不況で扱いが減っているということがある。そればかりか、「稚内港に揚げる」のと「他の港に揚げる」際の競争で、「稚内より余所」という傾向になっていると見受けられる面もある。という色々な要素で、「稚内港に夥しい量のロシアの海産物が…」という話しは、「半ば過去」という感じになっている…

HMVジャパン

ここで話題にしているサハリンに関して、最近の写真を御覧頂けるようにしてある。

↓2008年5月・10月に撮影のサハリンの様子を下記リンクから御覧頂くことが出来る。

Reise:Sakhalin island, Russia in MAY 2008

Reise:Sakhalin island, Russia in OCT 2008

↑上記リンクを開くと、写真が並んでいる。

その写真で気になったものをクリックしていただくと、“アルバム”風に纏まったものが出て来て、各写真を愉しんでいただける仕掛だ。





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