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サハリンは、稚内にとって「"過去"(むかし)、"現在"(いま)、そして"未来"(あした)を繋ぐ存在」であることに想いを巡らさずには居られない…ということで、やや遠めな過去、少し近めな過去の話題を展開してきた。ここで「現在に近い」過去の話題を…
1985年のゴルバチョフ政権下、ソ連は"様変わり"した。精確を期すと、「公になっていなかった様々な問題」が露呈してしまうようになっていたと表現しなければならない面もあったかもしれない…
日本統治下の時代、サハリンには、例えば製紙会社が積極的に進出していた。林産資源が豊富なサハリンは、紙の材料になるチップを用意するのに都合が好かった。製紙会社が工場を続々と建設し、関係者が周囲の街に賑わいをもたらした面もあった。製紙会社が関与して、例えば医療機関のような、街の公的サービスが整備されていた場合さえもあったらしい。言わば"企業城下町"である…
ソ連の体制下で、この製紙工場は"財産"だった。ソ連の紙の需要を満たすべく、サハリンの製紙工場が作る用紙は「計画経済」に組み入れられた。かなり永い間、製紙工場は用紙を生産し続けた。そして用紙はソ連全土の方々に送り込まれて利用されたという。
「ソ連の計画経済」…これは今や完全な"歴史用語"かもしれない。どのようなものなのだろうか?
非常に大雑把に言ってしまうと…人々の生活や産業活動に必要となる様々なモノについて、「全土の需要量」と「全土の生産可能量」が設定され、生産可能な場所に"ノルマ"が課せられて生産が行われ、出来上がったものも予め決めてあるように配当するのである。
サハリンの製紙工場で生産される用紙は、この計画経済の枠組みの中に在った。これはどういうことか?「サハリンの紙需要」と無関係に「全土の紙需要」に基づいて割り出されたようなノルマをどんどんこなし、出来上がった用紙はモスクワ辺り…サハリンから見れば、地球の反対のような場所にまで配られていたのである。
サハリンの製紙工場が生産する用紙を例えにしたが、日用品、食料品、産業資材等々、あらゆるものがこんな調子だった…時間が経つに連れて、こういうやり方には"歪んだ結果"が伴うようになった…例えば「沢山の部品が必要な機器」を生産するような場面でもこんな調子であった。最終的な組立を行う場所に集められる部品が、「全土の需要」というような実に大雑把な計画の下に方々で生産され、思うように最終的に組上げられた製品が出来ないような按配になっていたのである…
結局のところ…「ソ連の計画経済」というものは「計画経済の"枠"の中で、ありとあらゆる経済活動が悉く"自己完結"」という考え方で営まれた体制なのである。生産されるモノを動かす手間や経費を半ば度外視して、「需要に見合った生産をしています!!」と言い続けるようなものかもしれない。
ゴルバチョフ政権の下では、永年蓄積してしまった"歪んだ結果"を何とかしようとしていた。当然、一朝一夕にどうにか出来るものでもない。
そこに大事件だ!!チェルノブイリ原発の事故である…異常な放射性物質が発見されたこと、衛星による地上の観測など、国外でその異変が察知され、色々な国々から「突き上げを受ける」かのような状態で、ソ連は事故に関して世界中に公表した。
こうした事故はやや極端な話しかもしれないが…もうソ連は「計画経済の"枠"の中で、ありとあらゆる経済活動が悉く"自己完結"」という訳にも行かないということが明らかになった。情報や、資金や、モノや…あらゆる活動というものは"自己完結"など出来ないのだ…
チェルノブイリ原発事故の時期以降の経過について、ここでは仔細は省かせて頂くが…やがて所謂"東欧"の民主化が在り、1991年中にバルト三国がソ連から抜けて独立し、年末にはソ連が旗を降ろし、"連邦加盟国"だった「12の国々」が新たな独立国となった。その12の国々の一つがロシアである。
ロシアでは、「ソ連の計画経済」が「とりあえず放棄」された。「その後」が不透明な状態が続いた。新しく"ロシア連邦"と名乗って、新しい(と言っても赤旗以前への"復旧"だが…)旗を掲げてはみたものの「ポストソ連の時期にある社会」とでも呼ぶ他無い状況だった。
何もサハリンばかりでもないが、地方は殊更に困った。例えばサハリンの製紙工場…ノルマに従って用紙を生産すると、それがソ連全土に送り込まれた。が、新しい体制では自力で販路を拡大しなければならない。そして、輸送の時間や経費という、余所では当り前だったものが突然出て来る…
例えば、モスクワやサンクトペテルブルグのような、ウラル山脈の向こうの大都市では…新聞社が印刷に使う用紙を仕入れようとした場合、「何時着くの?」というようなサハリンからの用紙を仕入れるよりも、フィンランド辺りの製紙会社から輸入した方が早い。そして安いし、質も問題は無い。
少し余談になるが…モスクワからフィンランドのヘルシンキへは、列車が出ている。丁度、札幌・上野の夜行列車のような時間で移動可能だ。ヘルシンキとサンクトペテルブルグとの間は、列車の移動時間だけを考えれば、概ね稚内・札幌間のようなものだ。
話しを戻す…モスクワやサンクトペテルブルグのような都市にある、例えば新聞社のような用紙の需要家は、フィンランドから取寄せるのなら、例えば「明後日までに…」、「了解です!!」で注文と納品は済む。実にスピーディーだ。他方、サハリンが相手なら…サハリンから大陸へ一晩…遥々シベリア鉄道で一週間…途中何度も停車して、貨車を各地に振り分ける作業などもあり、真っ直ぐ進む訳でもないので、更に時間が掛かる…そんなものを待っている間に、需要家は「紙が無い!!」という話しになるだろうし、それを避けようとすれば、過大な量の紙を抱え込むことになって手間が掛かる…
こういう状態になると、サハリンの製紙工場は最早「用無し!!」となってしまう…何百万、何千万という人達のために用紙を生産し続けた工場が、一転して無用化してしまう…地元でさえも、需要家は自在に何処からでも用紙を仕入れることが出来るようになった以上、工場の生産する用紙を必ずしも頼みにする必要が無くなってしまったのだから…

ここで話題にしているサハリンに関して、最近の写真を御覧頂けるようにしてある。
↓2008年5月・10月に撮影のサハリンの様子を下記リンクから御覧頂くことが出来る。
Reise:Sakhalin island, Russia in MAY 2008
Reise:Sakhalin island, Russia in OCT 2008
↑上記リンクを開くと、写真が並んでいる。
その写真で気になったものをクリックしていただくと、“アルバム”風に纏まったものが出て来て、各写真を愉しんでいただける仕掛だ。
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