連載:『稚内の過去・現在・未来を結ぶサハリン』―その2

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「サハリンはどういう感じ?」とでも問われれば…

"過去"(むかし)、"現在"(いま)、そして"未来"(あした)が同居する"不思議"な世界…

↑こういうのが私流の回答になるであろうか?





サハリンは「"過去"(むかし)、"現在"(いま)、そして"未来"(あした)が同居する"不思議"な世界」という考えを抱くに至った切っ掛けは、最近の訪問の故である…

↓2008年5月・10月に撮影のサハリンの様子を下記リンクから御覧頂くことが出来る。

Reise:Sakhalin island, Russia in MAY 2008

Reise:Sakhalin island, Russia in OCT 2008

↑上記リンクを開くと、写真が並んでいる。

その写真で気になったものをクリックしていただくと、“アルバム”風に纏まったものが出て来て、各写真を愉しんでいただける仕掛だ。





サハリンというのは、如何に「稚内から近い」と言ってみても、「外国であるロシア連邦の極々小さな地方」に過ぎず、その情報も多くはないかもしれない。或いは、「日本の中での稚内」の位置以上に、サハリンはロシアではマイナーなのかもしれない。

そんなサハリンだが、稚内にとって「"過去"(むかし)、"現在"(いま)、そして"未来"(あした)を繋ぐ存在」であることに想いを巡らさずには居られない。

稚内を含め、北海道では旧く「沿岸部を船で往来し、沿岸に村を築いて漁業や交易を展開」という生き方をする人達が居た。そういう人達は、"宗谷場所"と呼び習わされる村を築いた。

現在も住所は"宗谷"ということになるであろうが、稚内から出発するとオホーツク海沿岸地域へ南下するコースになる国道238号線を行き、稚内空港辺りを過ぎて、宗谷岬へ向かう途中、宗谷漁協の事務所や稚内市の支所が設けられている周辺が"宗谷場所"ということになる。この辺りには、17世紀頃までに村が成立していたようだ。

現在の稚内港の辺りが港として活用され始めたのは少し遅い。1780年代の"天明年間"に、稚内港の辺りが漁業や海産物等の輸送に用いられたという記録があるらしい。

1780年代というのはどういう時代であったのか?

この時代は大雑把に言ってしまえば、欧州諸国が方々に侵出して時間も経ち、北米のように進出した先で競い合うような状況が生じていたような頃で、ロシアのように欧州では"後発グループ"な国も方々に出ていた頃ということになる。ロシアは"極東"に出て来て、オホーツク海や太平洋の北側、更にアラスカ方面で動き回っていた。

こういう状況の中でアメリカが独立し、フランス革命も起こっていて、世界は動いていた。有名な漫画に、フランス革命の時代を背景にした『ベルサイユのばら』があり、その中に国王ルイ16世という人物が出て来る。このルイ16世国王は、フランス海軍の増強を図り、国外植民地の経営などを強化することを目論見、ラペル―ズに今日の仏領ポリネシア方面を調査するように命じた。それを受けたラペル―ズは、世界周航の船旅に出る。その際、彼の船団は宗谷海峡を通過し、周辺の地誌が欧州に紹介されることとなった。結果、外国では"宗谷海峡"ではなく"ラペルーズ海峡"と呼ばれることとなったのだが…

他方ロシアはこの頃、活発化する極東での活動の中で、日本の港へのロシア船寄港(補給活動)や日本との交易を求めていた。ロシアに漂着した大黒屋光太夫を日本へ連れてくるというようなこともして、何度も来航して運動したが、当時の日本では幕府が"鎖国"を原則としていたため、そうした努力は悉く徒労に終始した…

1806年になると、寄港や交易を求めても埒が明かないと、ロシア船が北海道、サハリン、千島列島で日本人らの集落を襲撃するという事態が発生してしまった。これは放置する訳にもいかない…幕府は奥州(東北地方)の諸侯に"北方警固"ということで出兵を命じた。大勢の武士が北海道へ渡って来た…

1808年、この"北方警固"という使命を帯びて、会津松平家中の武士達が宗谷にやって来た。一部は利尻島へ、更に別な一部はサハリンへ、という具合に展開した。彼らは数ヶ月の滞在で、結局「場合によっては戦う…」覚悟であったロシア船と出くわすでもなく引揚げたが、慣れない風土や栄養状態の関係で弱って亡くなった例や、移動中の荒天による事故で亡くなった例もあったようだ…

稚内辺りが歴史に登場するような場面で、既にサハリンとの関りのようなものがあるのである…当時の状況…「必ずしも幸福ではなかった日本とロシアとの出会い」という時期である…

★ここで話題した事柄に関連することが読める本★

ベルサイユのばら(5冊セット)


間宮林蔵


林蔵の貌(かお)(上)


林蔵の貌(かお)(下)


☆“北方警固”で稚内にやって来た会津の人達の故郷を訪ねる場合のお奨めホテル☆

グリーンホテル会津

↑駅に近く、安価です…

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